暗渡陳倉

暗渡陳倉（あんとちんそう）

三十六計の第八計。「暗（ひそ）かに陳倉に渡る」と訓読されるこの計略は、偽装工作によって敵を欺き、予期せぬ奇襲を成功させる戦術を指します。敵に悟られないように密かに主力部隊を移動させ、意表を突くことで勝利を掴むことを目的とします。

計略の মূল

示之以動、利其静而有主。益動而巽。

（動きを見せかけ、静けさにつけ込んで主導権を握る。動きを増幅させ、それに乗じる）

この言葉は、暗渡陳倉の本質を端的に表しています。敵に偽の動きを見せつけ、その裏で静かに、しかし着実に主力を展開させる。そして、敵の隙に乗じて電撃的に攻撃を仕掛けるのです。

由来となった韓信の故事

暗渡陳倉の語源は、秦末の武将・韓信の故事に由来します。

紀元前206年、劉邦は項羽によって蜀の漢中に封じられます。項羽に対する警戒を解くため、劉邦は関中への進軍意図がないことを示す必要がありました。そこで、秦嶺山脈の断崖絶壁に作られた「蜀の桟道」を焼き払い、進軍の困難さをアピールしました。

しかし、劉邦の臣下となった韓信は、この状況を逆手に取ります。大勢の人夫を使って「蜀の桟道」を大々的に修理する一方、密かに別働隊を迂回させ、陳倉から関中を奇襲するという大胆な作戦を立案しました。敵将・章邯は、「蜀の桟道」の修理に時間がかかると油断していましたが、韓信率いる軍勢の突然の攻撃に拠点を次々と落とされ、敗北を喫しました。この勝利をきっかけに、韓信は関中を掌握し、劉邦の天下統一の足掛かりを築いたのです。

韓信はまた、魏を攻める際にも同様の手法を用いています。敵軍が船着場の対岸を厳重に警戒しているのを見て、多数の船を並べて敵を引きつけました。その隙に主力を上流へ密かに移動させ、即席の筏で川を渡り、手薄になった魏の都を攻略しました。

声東撃西との違い

暗渡陳倉は、陽動作戦の一種である「声東撃西」と混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。

声東撃西: 複数の目標への攻撃を示唆することで、敵に真の攻撃目標を悟らせない。
暗渡陳倉: 偽装工作によって、攻撃開始そのものを敵に悟らせない。

つまり、声東撃西は敵に攻撃を察知させることが前提であるのに対し、暗渡陳倉は敵の目を欺き、完全に油断させることに重点を置いているのです。

失敗例

三国時代の蜀の姜維は、魏の鄧艾に陽動を見破られ、暗渡陳倉に失敗しています。姜維軍が鄧艾軍と交戦後、すぐに進軍してきたため、不自然に感じた鄧艾は、姜維の本隊が別の場所を狙っていると見抜き、本拠地を守り抜きました。

また、諸葛亮の第一次北伐では、趙雲と鄧芝を囮として箕谷に配置し、自らは主力部隊を率いて祁山を攻める作戦を実行しましたが、馬謖が街亭の戦いで張郃に敗れたため、作戦は失敗に終わりました。

現代における暗渡陳倉

現代中国の口語では、暗渡陳倉は男女の密会を指す隠語として使われることがあります。これは、密かに事を進めるという暗渡陳倉のイメージが、男女間の秘密の関係を連想させるためと考えられます。

暗渡陳倉は、軍事戦略だけでなく、ビジネスや人間関係など、様々な場面で応用できる計略です。敵の目を欺き、意表を突くことで、有利な状況を作り出すことができるでしょう。

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