暗黒街の顔役 (1932年の映画)

『暗黒街の顔役』(1932年)は、アメリカ映画史に燦然と輝くギャング映画の金字塔であると同時に、当時の映画倫理規定であるプロダクション・コードと激しい衝突を起こした問題作としても知られています。

1930年代初頭、アメリカではギャング映画ブームが到来し、『犯罪王リコ』(1930年)、『民衆の敵』(1931年)など数々の名作が誕生しました。しかし、『暗黒街の顔役』はその中でも特に過激な描写と、倫理規定との軋轢で注目を集めた作品と言えるでしょう。

製作のきっかけは、ハワード・ヒューズがアル・カポネをモデルにしたギャング映画を製作しようと考えたことにあります。彼はまず既存の小品を購入し、名匠ハワード・ホークスを共同製作兼監督として招き入れました。ホークスは、脚本家ベン・ヘクトと共に、カポネの物語を、近親相姦や残忍な悪行で知られるボルジア家になぞらえるという、大胆な構想を練ります。ヘクトはわずか11日間で脚本を書き上げ、この異様なスピード感も、完成された作品の内容を予感させるものでした。

撮影監督にはリー・ガームズとL・W・オコンネルが参加。さらに、かつてハリウッドで成功を収めたものの、失望してブロードウェイに戻っていた名優ポール・ムニを主演に迎え入れました。ムニの演技は、冷酷さと脆さを併せ持つ主人公トニー・カモンテという複雑な人物像を鮮やかに描き出しています。

物語は、ギャング組織の用心棒トニーの野心と暴走を描きます。彼は裏切りと殺人によって組織のトップに上り詰め、さらに縄張りを拡大しようとしますが、その過程で愛する妹や愛人を失い、最後は壮絶な最期を遂げます。トニーの冷酷なまでの行動と、彼をとりまく人間の欲望、裏切り、愛憎が複雑に絡み合い、観る者の心を捉えて離しません。

トニーは、ボスであるビッグ・ルイを殺害し、敵対組織のロウヴォに助けられ、その組織の幹部となります。しかし、彼の野心は収まらず、次々と抗争を繰り返し、マシンガンによる殺戮を繰り返します。そんなトニーの横暴に、当局もついに本格的な取り締まりに乗り出します。

ロウヴォの情婦ポピーを奪い、妹チェスカを強引に支配しようとしたトニーは、ロウヴォの暗殺を命じられますが、辛くも逃れます。その後、ロウヴォを殺害したトニーは、ポピーと旅に出ますが、帰還すると、妹チェスカが弟分のリナルドと結婚していたことを知り、激昂してリナルドを射殺します。

チェスカはトニーの犯行を警察に密告し、警察はトニーのアパートを包囲します。チェスカはトニーを殺そうとしますが、結局は兄を庇い、警官隊と銃撃戦を繰り広げ、命を落とします。チェスカの死によって絶望したトニーは、自首しようとしますが、逃亡の最中に射殺されるのです。

彼の死を象徴するかのように、ネオンサインの「The World is Yours（世界はあなたのもの）」が煌々と輝きます。このアイロニーは、トニーの虚しい野望と悲劇的な最期を際立たせ、深い余韻を残します。

『暗黒街の顔役』は、1983年にリメイクされ、さらに近年、ユニバーサル・ピクチャーズによるリブート企画も進行中であるなど、現在もなお、高い人気と注目を集め続けている作品です。この映画が、ギャング映画の歴史に大きな足跡を残したことは、疑いの余地がありません。

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