最後の審判 (ティントレット)

ティントレットの『最後の審判』：壮大な宗教画の傑作

『最後の審判』（伊: IL Giudizio Universale, 英: The Last Judgment）は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家、ティントレットが1560年から1562年にかけて制作した油彩画の大作です。本作は、『新約聖書』に記された最後の審判を主題とし、対作品である『黄金の子牛の礼拝』とともに、その圧倒的なスケールとドラマチックな表現で観る者を魅了します。現在もヴェネツィアのマドンナ・デッロルト教会に所蔵されており、教会内陣の祭壇右側の壁に展示されています。

主題：終末の日に起こる審判

最後の審判とは、キリストが再臨する終末の日に起こるとされる出来事です。この日、死者は復活し、キリストはすべての民を前にして、善人と悪人を分け隔てます。右側にいる善人は天国へ、左側にいる悪人は地獄へと永遠の運命が定められます。キリストは、善人には「祝福されし者たちよ、御国を受け継ぎなさい」と述べ、悪人には「呪われし者どもよ、永遠の火に入れ」と宣告します。

制作経緯：ティントレットの情熱と野心

対作品の制作に関する契約書などは残っていませんが、17世紀の画家・伝記作家カルロ・リドルフィは、ティントレット自身がマドンナ・デッロルト教会の司祭に制作を申し出たと伝えています。ティントレットは、自らの才能と名声を世に知らしめるため、教会に巨大な絵画の制作を提案しました。当初、教会側は費用の問題から難色を示しましたが、ティントレットが制作費のみを報酬とすることを申し出たため、契約が成立したとされています。

美術史家フレデリック・イルヒマンは、この逸話が事実であれば、ティントレットは画材費すら賄えなかった可能性を指摘しています。当時、巨匠ティツィアーノが存命であり、若いティントレットが名声を高めようとしていた状況を考慮すると、ありえない話ではないと述べています。また、内陣には『節制』、『正義』、『賢明』、『剛毅』の4つの枢要徳の擬人像もティントレットによって制作されました。

作品の詳細：天国と地獄の壮大なドラマ

『最後の審判』では、画面最上部に再臨したキリストが描かれています。キリストは両手を広げて下方を見下ろし、その頭上には慈悲の白い百合と復讐の剣が描かれています。キリストの両脇には、聖母マリアと洗礼者聖ヨハネが配置され、その下には《慈愛》の擬人像が描かれています。聖人たちは、キリストを頂点とする階層的な雲の上に配置され、天国を表現しています。

画面下部には、最後の審判で復活した人々が描かれています。死者たちは墓から這い出し、《慈愛》に導かれて天国へと昇っていきます。一方で、地獄行きを宣告された人々は、画面右下の地獄へと押し流されています。画面中央奥には海が描かれ、救済された人々はそこから上昇し、地獄へ落ちる滝の対比が描かれています。地獄では、渡し守カロンの小舟と、人々を船に乗せようとする悪魔が描かれています。また、地獄に堕ちようとする人を助ける天使も描かれています。

ティントレットの『最後の審判』は、従来の図像とは異なる点がいくつかあります。キリストは厳格な審判者としてではなく、慈愛に満ちた救済者として描かれています。また、12使徒や魂を量る大天使ミカエルも、伝統的な図像とは異なる形で描かれています。

構図は、ミケランジェロの『最後の審判』やティツィアーノの『ラ・グロリア』の影響を受けていると考えられています。画面右端には、後から貼り付けられた男女の人物像があり、対作品のパトロンに関連づけて考えられています。

解釈：コンタリーニの思想とティントレットの芸術観

美術史家ロドルフォ・パルッキーニは、本作が枢機卿ガスパロ・コンタリーニの思想に影響を受けていると指摘しています。コンタリーニは、カトリックとプロテスタントの対立が深まる時代に、両宗教の和解を模索した人物です。パルッキーニは、キリストの慈悲深い態度に、ティントレットのコンタリーニへの共感が表れていると考えています。

イレイン・M・A・バンクスも同様に、ティントレットが《慈愛》を重要視することで、キリストの救済は《慈愛》の執り成しによってなされるというコンタリーニの信仰を表していると指摘しました。

また、D.クネップフェルは、対抗宗教改革との関連を指摘し、本作が審判ではなく人間の救済を描いたものだと解釈しました。アントニオ・マンノは、対作品の主題は「律法はモーセを通して与えられ、恵みと真理はイエス・キリストを通して来た」という『ヨハネによる福音書』の言葉にあるとしました。

イルヒマンは、対作品がティントレットの宗教芸術への関心を示していると考え、ティントレットが『黄金の子牛の礼拝』で誤った芸術の例を、『最後の審判』で宗教絵画の模範を示していると解釈しました。これは、宗教芸術を制作する際の芸術家の責任についてティントレットが意見表明していると解釈できます。

来歴：後世の評価

『最後の審判』は、ジョルジョ・ヴァザーリをはじめ、多くの美術史家や評論家によって言及されてきました。イギリスの美術評論家ジョン・ラスキンは、本作を「ルネサンスのゴシック様式の興味深い例」と評し、その価値を認めつつも、保存状態の悪さを嘆いています。

まとめ

ティントレットの『最後の審判』は、その圧倒的なスケール、ドラマチックな構図、そして深い宗教性において、ルネサンス期を代表する傑作の一つと言えるでしょう。ティントレットの情熱と独創性が結実した本作は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

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