月岡耕漁

月岡耕漁：明治・大正期の能楽画を彩った巨匠

月岡耕漁（つきおか こうぎょ、1869年4月18日 - 1927年2月25日）は、明治から大正時代にかけて活躍した、日本画家であり、特に能版画家として名高い人物です。その生涯と作品、そして能楽画に対する情熱を通して、その魅力に迫ってみましょう。

華麗なる出自と師事関係

耕漁は、東京日本橋の旅籠屋を営む羽生善兵衛の子として生まれました。幼少期より絵画への才能を示し、12歳から伯父の指導の下で陶器の絵付けを学びました。その後、東京府画学伝習所で研鑽を積み、才能を開花させていきます。

彼の芸術人生において重要な転機となったのは、母方の姓である坂巻を名乗り、母が月岡芳年に再婚したことで芳年の門下生となったことです。芳年という巨匠の下で研鑽を積んだ後、尾形月耕、松本楓湖といった、当時の日本画壇を代表する巨匠たちにも師事し、多様な画技を習得しました。それぞれの師から受けた影響が、耕漁独自の画風を形成する礎となりました。

能楽画への情熱：伝統と革新の融合

耕漁は、浮世絵が主流であった当時において、能楽を主題とした作品を数多く制作しました。歌舞伎役者絵とは異なる、能の舞台風景や登場人物を繊細に描いた作品は、水彩画のような透明感と、上質な素材を駆使した優美さで知られています。代表作として挙げられるのは、木版画の『能楽百番』『能楽図絵』『能楽大鑑』などです。これらの作品は、緻密な描写と、能の持つ典雅な雰囲気を見事に表現しています。

耕漁は、能楽絵について独自の考えを持っていました。彼は単なる写生にとどまらず、能の伝統を守りつつも、独自の解釈を加え、自身の感性を表現することに重きを置いていました。『書画骨董雑誌』に掲載された彼の言葉「能楽絵は能の決まりを守らなければならないが、細部にあまりこだわるべきではなく、写生一点張りではいけない」は、彼の創作理念を端的に示しています。

多彩な画業と晩年

能楽画以外にも、肉筆による人物画や花鳥画も得意とし、日月会や日本画会といった団体にも参加し、幅広く活躍しました。また、錦絵も手掛け、日清戦争を題材にした作品も残しています。

明治44年ごろには、義父である月岡芳年の跡を継ぎ、月岡姓を名乗るようになりました。晩年は、宇都宮の能舞台開きの帰途、倒れて亡くなりました。享年59歳でした。

後世への影響

耕漁の作品は、現在も高い評価を受けており、東京国立博物館や常楽寺美術館など、多くの美術館や寺院に所蔵されています。また、彼の長女である月岡玉瀞も能画を描き、その才能を受け継いでいました。弟子に松野奏風などがおり、耕漁の画風は、後世の日本画家に大きな影響を与えました。

主要作品

『謡曲竹雪図』(東京国立博物館)
『紅葉狩』(常楽寺美術館)
『道成寺鱗落之図』(道成寺)
『道成寺能面図』(道成寺)
『能楽図絵』
『能楽百番』
『能楽大鑑』
『狂言五十番』(月岡玉瀞と共画)

月岡耕漁は、卓越した画技と、能楽への深い理解を融合させた、稀有な画家でした。彼の作品は、現在も人々を魅了し続け、日本の美術史に燦然と輝く存在となっています。

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