朝妝

黒田清輝の『朝妝』

『朝妝』は、明治時代の日本を代表する洋画家、黒田清輝によって1892年から1893年にかけて制作された作品です。この絵画は、日本の画家が手がけた裸体画として初めて一般に公開されたものであり、その意義は非常に大きいとされています。特に、1895年に開催された内国勧業博覧会に出展された際の「朝妝事件」と呼ばれる論争は、日本社会における裸体画に対する見方や、芸術の自由についての議論を引き起こしました。

タイトルの由来

元々、黒田はフランスの画家ジャン＝アンドレ・リクセンの作品を参考にし、『ラ・トワレット』というタイトルを付けました。しかし、モデルの女性との対話を通じて、『ル・ルヴェー』というタイトルに変更しました。その後、アサヒグラフでは英語で「Morning Toilette」というタイトルも使用されました。これにより、作品は国際的にも知られることとなりました。

制作の背景

黒田は1884年よりフランスで学び、1892年4月には婦女の肖像画を仕上げた後、裸体画の制作に取り組み始めました。彼はこの作品を日本に持ち帰り、裸体画に対する偏見を解消したいという思いを持っていました。しかし、制作にかかる経費の不足から一時中断する場面もありましたが、支援を受けたことにより再開することができました。彼はプライベートなアトリエとして駐フランス公使館を使用し、そこで作品の制作を続けました。

作品の特徴

『朝妝』では、目覚めたばかりの女性が鏡の前で身づくろいをしている姿が描かれています。女性の後ろ姿を中央に、鏡に映った前からの姿が右側に配置され、その対比が巧みに表現されています。モデルは裸体で、洋梨型の体型が特徴。左右の尻の形が異なり、個性的なポーズを取っています。黒田はこの構図において、観賞者がモデルを斜めから見ている印象を持たせており、視覚的な興味を喚起しています。

絵画の技術

画面左端には椅子があり、鏡は太い木の枠に囲まれ、床には濃い青色のクマの毛皮が敷かれています。画家は、陰影をうまく使い女性の肌を淡い色調で表現。裸体は柔らかな淡紅色が使われ、凹凸感を強調するために微妙な色合いが施されています。また、黒田は家具の輪郭を非常に繊細に描写し、全体として優雅な印象を与えています。通常の輪郭よりも細かなタッチで丁寧に仕上げることで、女性の裸身の美しさと家具の調和を目指しました。

モデルの背景

モデルの女性はフランス人とされ、黒田は彼女を「仏国の女子」と語っています。彼女は教育を受けた人物で、恋愛関係にあった学生と共にパリにやってきた後、モデルとしてのキャリアをスタートしました。彼女は知性を持ち、様々な話題について意見を述べられるような人物であったとされます。

「朝妝」事件とその影響

1895年に『朝妝』が内国勧業博覧会に出品された際、社会的な反響を巻き起こしたのが「朝妝事件」です。多くの批評家は裸体画の文化的重要性や美を擁護しましたが、一部の人々は風紀を乱すとしてこの作品を批判しました。この事件によって、日本における裸体画の受容に対する意識が変化し、芸術家たちが裸体に関する表現をしやすくなる契機となりました。

作品の評価とその後

『朝妝』は、その後もさまざまな評価を受けています。美術評論家や歴史家からは高く評価されており、特に技術的な完成度と構図の独自性が称賛されています。しかし、同時に一部の文学者からは冷ややかな反応もあったことが記録されています。この作品は、後に住友家によって購入されましたが、1945年の神戸大空襲で焼失してしまいました。

結論

黒田清輝の『朝妝』は、ただの裸体画にとどまらず、明治時代における日本の美術の方向性や社会的な価値観を映し出した重要な作品です。その展示は当時の文化的背景を考慮すると大きな意味を持ち、日本の西洋美術の受容に一石を投じる存在となりました。

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