木曽駒ヶ岳大量遭難事故

1913年（大正2年）8月26日から27日にかけて、木曽駒ヶ岳で発生した痛ましい山岳遭難事故です。この事故では、中箕輪高等小学校（現：箕輪町立箕輪中学校）の教員と生徒を含む38名が、台風による悪天候に見舞われ、将棊頭山付近で11名が亡くなりました。この出来事は、作家の新田次郎によって小説『聖職の碑』として描かれ、映画化もされています。

事故の経緯

遭難したのは、中箕輪高等小学校の2年生25名を含む総勢38名のグループでした。引率者は、校長の赤羽長重、訓導の征矢隆得、准訓導の清水政治の3名で、同窓会員10名も同行していました。

当初の計画では、午前5時に出発し、内ノ萱から行者岩、将棊頭山を経由して濃ヶ池へ、そして中岳の稜線を通って木曽駒ヶ岳に登頂、山頂付近で野営し、翌27日の午後に下山・帰校する予定でした。

出発は予定より遅れ、午前5時40分頃となりました。当初は夏の暑さが懸念され、内ノ萱に到着した際、暑さを避けるため正午まで長めの休憩を取ることになりました。休憩中には一時的に雨が降り、赤羽校長は不安を感じて帰還を提案しましたが、生徒たちの反発と雨が止んだことから登山は再開されました。

しかし、出発後に台風の影響で急速に天候が悪化し、行程が遅れたこともあり、一行が頂上付近に到達したのは午後8時という非常に遅い時間でした。すでに暴風雨となっており、一行は小屋（現在の宝剣山荘）に避難しましたが、小屋の損傷が激しく、燃料もなかったため暖を取ることができませんでした。

8月27日

一行は午前9時頃まで小屋で耐えましたが、暴風雨は止まず、生徒の平井實が低体温症で死亡しました。さらに、唐澤武雄と古屋時松も低体温症で意識不明の状態に陥ったため、下山を決意しました。清水訓導は小屋を出ることを禁じていましたが、パニックになった生徒が飛び出したという説もあります。

征矢訓導が救助を求めて先行し、赤羽校長が唐澤を、清水訓導が古屋を背負って小屋を後にしました。濃ヶ池付近で寒さと風雨が強まり、唐澤が死亡、赤羽校長も力尽きました。清水訓導は古屋を背負って必死に下山を続け、ようやく樹林帯にたどり着きましたが、指導者である校長が死亡し、二人の訓導も離れてしまったため、生徒たちは各自で判断して行動するしかありませんでした。

生徒約20名は危険を冒しながらも午後1時頃に内ノ萱に到着し、村人たちの救護を受けました。遭難の知らせを受けた内ノ萱と周辺の村では、すぐに救助隊が組織され、警察や消防団も加わり大規模な捜索活動が展開されました。

8月28日

第一次捜索隊が午前1時に出発し、唐澤武雄と赤羽校長を収容しました。午前7時には第二次捜索隊が出発し、道に迷っていた有賀繁雄と小嶋覚を発見し救助しました。また、低体温症で倒れていた清水訓導と生徒2名を救助し、5名の遺体を収容しましたが、生徒の唐澤圭吾は依然として行方不明でした。

後日談

1914年8月15日、将棊頭山と濃ヶ池の中間地点に遭難記念碑が建立されました。この碑は慰霊のためではなく、事故を風化させないための記念碑として建てられたものです。その後、碑の老朽化のため、2004年に隣接地に新しい碑が建てられました。

1925年7月25日には、遭難者の13回忌に合わせて中箕輪高等小学校の生徒が慰霊登山を実施。翌26日には、慰霊も兼ねた第1回駒ヶ岳登山マラソンが開催されました。このマラソン中に、駒飼ノ池近くのハイマツ林で白骨が発見され、遺留品から唐澤圭吾の遺骨と判明し、最終的な死者は11名となりました。

当時、登山責任者であった赤羽校長は激しく非難され、葬儀すら行えなかったと言われています。作家の春日俊吉は、この事故が天候の急変によるものであり、赤羽校長を責めるべきではないと考え、赤羽邸を弔問しました。その後、春日は遭難事故の記録と分析に生涯を捧げ、新田次郎も『聖職の碑』で、赤羽の教職としての立場と責任を世に問いました。

事故の原因・要因・背景

この遭難事故は、天候判断の誤りや撤退判断の遅れによって、厳しい気象条件下に晒され低体温症を引き起こしたことが主な要因です。

経費削減のため、過去の登山で同行させていた案内人をつけず、事前の下見登山も行いませんでした。案内人の助言や山小屋の情報があれば、撤退判断が促された可能性があります。

出発前日は好天でしたが、強力な台風が接近しており、山頂付近は暴風となっていました。この台風は関東地方に大きな被害をもたらしています。

学校の教育活動の一環として行われた集団登山であり、中学生相当の年齢には過酷な計画でした。長時間の行動による疲労に加え、暴風雨と低温が重なり、低体温症を引き起こしやすくなりました。

避難した山小屋は損傷が激しく、風雨をしのげる場所がなく、体力を温存・回復することができませんでした。この事故を教訓に、将棊頭山の直下に避難用の石室が設置され、後に西駒山荘となりました。

生徒がパニックになって飛び出したという報道が事実であれば、教師側はこれを制止することが困難で、なし崩し的に下山するしかなかった可能性もあります。

新田次郎は『聖職の碑』の中で、当時の長野県教育界の対立を背景として描きましたが、事故との関連性は明確ではありません。

当時の気象学の技術では台風の進路予測が困難であり、登山者の観天望気によって風雨の到来を予測する必要がありました。赤羽校長も小雨が降り出したときに迷ったという証言があり、この時点で決断ができていればという指摘もあります。

この悲劇は、自然の脅威と山岳登山の危険性を私たちに強く認識させる出来事として、語り継がれています。

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