木遣

木遣（きやり）は、古くから日本に伝わる歌の一つで、労働歌である作業唄を起源とします。「木遣り歌」や「木遣り唄」とも呼ばれます。本来は、大勢で力を合わせて作業を行う際に、掛け声や合図として歌われることで、一体感を高め、作業効率を上げる役割を担っていました。

歴史的背景と変遷

木遣りの歴史は古く、作業唄としての始まりは明確ではありませんが、1202年（建仁2年）に栄西禅師が京都に建仁寺を建立した際に、人夫たちが歌ったのが起源であるとする説（菊岡沾涼『近代世事談』）も伝えられています。

当初の木遣りは、具体的な作業内容に応じて歌い分けられていました。例えば、重い材木を運ぶ際には「木引き木遣り」が、地面を突き固める際には「地形木遣り（土搗唄）」が歌われました。しかし、時代が進むにつれて、木遣りは作業現場を離れ、祭礼や儀式などにおいて披露される色合いを強めていきます。次第に聴衆に聞かせるための俗謡としての側面も持つようになり、作業唄から儀式化・俗謡化へと変貌を遂げたのです。

伝承されている木遣りの曲目は非常に豊富で、「真鶴」「地」「くさり物」「追掛け物」「手休め物」「流れ物」「端物」「大間」といった8種に分類され、合わせて110曲以上が存在するとされています。

現代において、木遣りは日本各地で地域の重要な無形民俗文化財や無形文化財として大切に保存・伝承されています。また、近年では国の代表的な文化の一つとして国際的な場でも紹介されており、1998年の長野冬季オリンピック、そして2020年の東京夏季オリンピックでは、開会式でその力強い歌声が披露されました。

各地の代表的な木遣り

日本各地には、それぞれの歴史や風土を反映した多様な木遣りが伝わっています。

富山県射水市では、海老江曳山祭で歌われる「曳山木遣り」が知られています。
関東地方では、特に鳶職や消防関係者によって伝承される木遣りが多く見られます。
栃木県の「足利鳶木遣り」（足利市無形民俗文化財）や「宇都宮鳶木遣り」（宇都宮市無形民俗文化財）。
群馬県の「桐生木遣」（桐生市無形民俗文化財）。
東京都には、江戸火消しの伝統を受け継ぐ「江戸の鳶木遣・江戸火消しの梯子乗り」（東京都無形民俗文化財）があり、東京オリンピックで披露されたのは「江戸消防記念会」によるものです。
江東区の「木場の木遣」（江東区登録・東京都指定無形民俗文化財）は、江戸城築城時に材木商が伝えたともいわれますが詳細は不明で、木場で筏を操る川並の労働歌です。同じく江東区には「木場の木遣念仏」も伝わります。
東京都八王子市の「木遣」（八王子消防記念会伝承）は、市の無形民俗郷土芸能・日本遺産です。
千葉県富津市には「竹岡三柱神社の木遣り獅子舞」があります。
神奈川県では、「鎌倉木遣唄」（鎌倉市無形民俗文化財）や、漁業と婚礼・祭礼の両方で歌われる全国的にも珍しい「山王原大漁木遣唄」（小田原市無形民俗文化財）、鳶職による「藤沢とび職木遣」（藤沢市無形民俗文化財）などがあります。
埼玉県には、さいたま市の「木遣歌」（さいたま市無形文化財）をはじめ、「川口の木遣」（川口市無形民俗文化財）、「越谷の木遣歌」（越谷市無形民俗文化財）、「川越の木遣り」（川越市無形民俗文化財）、「熊谷木遣」（熊谷市無形民俗文化財）など、多くの木遣りが伝わっています。
愛知県には、豊山町の「木遣」（豊山町無形民俗文化財）、稲沢市の「木遣り音戸」（稲沢市無形民俗文化財）、名古屋市の「平針木遣り音頭」（名古屋市無形民俗文化財）があります。
静岡県焼津市には「焼津神社 獅子木遣り」（静岡県指定無形民俗文化財）が伝わっています。
長野県では、諏訪大社の「御柱木遣り」が特に有名で、下諏訪町の「諏訪大社下社の御柱木遣り」や「綱渡りの木遣り」は町指定無形民俗文化財です。御柱祭の建て御柱は長野オリンピックでも披露されました。長野市の「善光寺木遣り」（長野市指定無形文化財）は、善光寺造営用材運搬に由来するとされ、江戸棟梁から口伝で伝わったものが、現在も御開帳や祭礼などで歌われています。
三重県伊勢市には、伊勢神宮の御遷宮御木曳で歌われる「伊勢木遣」があります。
* 近畿地方では、京都府京都市の「木遣音戸」（京都市登録無形民俗文化財）、兵庫県神戸市の「兵庫木遣音頭」（神戸市登録無形民俗文化財）が伝承されています。「兵庫木遣音頭」は、平清盛が福原京を造営した際の住民の歌舞に由来するとも伝えられます。

これらの木遣りは、地域ごとの特色を持ちながらも、日本の共同体における労働の結束や文化行事において重要な役割を果たしてきました。形を変えながらも現代に受け継がれる木遣りは、日本の声の文化、共同体の文化を知る上で貴重な存在です。

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