末次茂貞

末次 茂貞

江戸時代初期の長崎において、代官として権勢を振るった人物、それが末次 茂貞です。正確な生年は不明ですが、慶安4年（1651年）にその生涯を終えました。父は同じく長崎代官を務めた末次 政直で、茂貞はその跡を継ぎました。通称は父と同じく平左衛門、または平蔵と名乗りました。

茂貞が長崎代官の職と父の領地を受け継いだのは、寛永7年（1630年）、父である政直が獄中で没した後のことです。父子の関係は必ずしも円満ではなかったとされますが、友人たちの仲立ちにより、父が亡くなる直前に外町代官の職を引き継ぐことができました。茂貞には一部で放蕩や問題行動が指摘される一面もありましたが、父の代に起こったタイオワン事件（台湾でのオランダとの衝突）は自分とは無関係であるとし、オランダとの関係修復に積極的に取り組みました。

父政直と同様、茂貞も長崎における非常に大きな影響力を持つ人物となりました。当時、新任の長崎奉行は現地の状況を十分に把握することが難しく、まるで煙の中にいるような状態でした。そのため、奉行の多くは前任者や、特に実情に通じた茂貞の報告を頼りにして政務を行うのが常でした。これは、茂貞が長崎の運営においていかに重要な存在であったかを示しています。

茂貞は海外貿易においても中心的な役割を果たしました。特に平戸に商館を置いていたオランダとは強い結びつきを持っていました。当時の平戸オランダ商館長ニコラス・クーケバッケルは、平戸での貿易を円滑に進めるため、長崎奉行に対し、茂貞から有利な証言や弁護を得られるよう、彼との良好な関係を維持するべきだと記しています（『平戸オランダ商館の日記』）。クーケバッケルは茂貞を深く信頼しており、部下に対し、幕府の役人たちの好意を得るために注文品はできるだけ調達すること、そして特に茂貞の指示には必ず従うよう命じていました。寛永14年（1637年）には、日本の慣習に不慣れな者が今後の幕府との交渉を乗り切るのは難しいだろうという茂貞の助言に従い、フランソワ・カロンを後任の商館長に任命しています。

オランダ商館にとって、茂貞は極めて有力な取引相手でした。個人の取引量としては最大級で、平戸藩主のそれを凌駕するほどでした。寛永12年（1635年）には生糸を3000斤、翌寛永13年（1636年）には5000斤も購入しています（商館の「仕訳帳」より）。また、寛永13年には白糸、羅氈、羅紗、象牙など多岐にわたる商品を銀138貫もの額で購入しました。オランダ商館の商業帳簿「元帳」には彼の勘定口座が開設され、毎年使用人を平戸へ送って商品を買い付けていました。父政直とは異なり、茂貞はオランダ人にとって協力的で、輸入生糸の価格設定において彼らに有利になるよう働きかけたり、長崎奉行にオランダ人の悪評が伝わらないよう配慮したりしました。

日本とポルトガル間の国交断絶が現実味を帯びるにつれて、オランダとの交易が急増しましたが、これによりオランダ商館は運転資金が不足しがちになりました。商館は日本の商人から資金を借り入れることになりますが、その最も有力な借入先が茂貞でした（「オランダ貿易の投銀と借入金」より）。彼はポルトガル人に対しても資金を貸し付けており、ポルトガル人のために尽力した茂貞以外には頼る者がいないと言われるほど信頼され、「マカオ市の代理人」とまで呼ばれていました。

さらに茂貞は、在日華僑であるキコという人物からの商品買付や、ポルトガル船への委託貿易も積極的に行いました。自身も朱印船貿易家として活動しており、寛永8年（1631年）には長崎奉行竹中采女正の許可を得て、東京（現在のベトナム北部トンキン）へ向かう初めての奉書船を派遣しています。

寛永14年（1637年）に島原の乱が発生した際、クーケバッケルはまず茂貞に書状を送り、彼を通じて長崎奉行に乱鎮圧への協力を申し出ました。しかし、茂貞はその申し出が遅すぎると、使者として訪れた当時の商館次席フランソワ・カロンを非難しました。その後、カロンは茂貞の勧めに応じ、長崎奉行宛ての書状で、命令があり次第いつでも大砲と火薬を送ると約束しました。乱鎮圧後、上使として九州に下向した老中松平信綱は、茂貞をはじめとする大勢の者を伴って平戸に赴き、オランダ商館を検分しました。この時の検分が、後に平戸オランダ商館の閉鎖と、商館の長崎への強制的な移転へと繋がる大きな契機となったのです。

また、末次家の菩提寺である華嶽山春徳寺は、茂貞が建立したものです。

末次茂貞は、一部で型破りな行動もあったとされますが、代官として、また稀代の貿易家・金融家として、江戸時代初期の国際都市長崎の発展に深く関与し、オランダ商館やポルトガル人、華僑との関係において極めて重要な役割を担った人物でした。慶安4年（1651年）にその波乱に満ちた生涯を終えました。

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