束髪

束髪とは

束髪（そくはつ）は、日本の近代化が進んだ明治時代に登場した、女性のための新しいヘアスタイルの総称です。文明開化の波に乗り、西洋の女性の髪形からヒントを得て考案されました。特に明治初期の「鹿鳴館時代」には、上流階級の女性たちの間で流行し始め、やがて明治から大正にかけて、従来の日本髪と並ぶ一般的な結髪方法として広く普及しました。

提唱と普及の背景

束髪が生まれた背景には、当時の日本髪に対する問題意識がありました。伝統的な日本髪は、多量の油を使うために不潔になりやすく、また結うのに専門的な技術と時間、そして費用がかかるなど、不便さや不経済さが指摘されていました。こうした状況を改善し、日本女性の風俗を近代化することを目的に、医師の渡辺鼎や石川暎作らが束髪を提唱しました。彼らは1885年には具体的な結い方や多様な例を示し、これを機に束髪は「日本婦人束髪会」などが配布したパンフレットなどを通じて全国に広まっていきました。束髪は、自分で比較的簡単に結うことができ、さらに和服にも自然に合うスタイルであったため、多くの女性に歓迎され、瞬く間に社会現象となりました。

多様なスタイルと社会への影響

束髪の流行は、様々なバリエーションを生み出しました。「西洋上げ巻」「西洋下げ巻」「イギリス巻き」「イタリア結び」「マーガレット」「花月巻き」「夜会巻き」「S巻き」「二百三高地」「耳隠し」など、その種類は多岐にわたり、女性たちは自身の好みやTPOに合わせて多様な束髪スタイルを楽しむようになりました。その人気は髪形に留まらず、明治20年代には銀座の老舗パン屋である木村屋が、束髪の髷の形を模して干しぶどうを入れた甘いパン「束髪パン」を売り出すほどでした。これは、束髪がいかに当時の人々の生活や文化に浸透していたかを示す興味深いエピソードと言えるでしょう。

「文化的」か、衛生上の問題

束髪は当初、従来の日本髪に比べて衛生的で合理的であるとされ、「文化的」な髪形として推奨されました。しかし、流行が進むにつれて、より複雑で凝ったスタイルが求められるようになり、結果として多量の整髪料を使用したり、髪形を長持ちさせるために洗髪の頻度を減らしたりする女性が増えました。これは皮肉にも、当初の目的とは裏腹に、衛生上の新たな問題を引き起こす側面もありました。

昭和以降の変化

昭和時代に入ると、西洋風のスタイルを過度に追い求める風潮に対する疑問の声も上がり始めます。多量の整髪料を使わず、より簡単に結える「新日本髪」が考案されるなど、日本髪の持つ美しさを見直そうという動きも現れました。日本画壇の巨匠で美人画の名手として知られる上村松園は、特に日本髪の優美さを愛し、「耳隠し」のような束髪や、焼き鏝や薬品で髪を加工するパーマネントといった技術に対して、皮膚への危険性などを指摘しつつ批判的な見解を示しています。

代表的な派生スタイル

束髪からは、いくつかの象徴的な派生スタイルが生まれました。

• - 庇髪（ひさしがみ）: フランス宮廷の「ア・ラ・ポンパドゥール」に影響を受け、前髪を高く膨らませるスタイルが発展したものです。特に大正時代には、頭部全体がふっくらと膨らんでターバンを巻いたかのような独特のシルエットとなりました。明治30年代に女優の川上貞奴が取り入れたことから流行が始まり、大正初期にかけて女学生の間で広く見られたため、「庇髪」は女学生の代名詞ともなりました。

• - 女優髷（じょゆうまげ）: 大正時代に新派の女優たちの間で生まれた束髪の一種です。最大の特徴は、従来の束髪で庇部分のボリュームを出すために使用していた詰め物や、鬢付け油をほとんど使わない、自然で自由な結い方である点です。このスタイルは、新派女優である山川浦路の広い額に似合うよう、彼女の夫で俳優の上山草人が、遠く天平時代の髪形を参考に考案したと伝えられています。

束髪は、単なる髪形ではなく、日本の社会が近代化へ向かう中で、女性たちの生活や美意識、そして自意識がどのように変化していったかを映し出す文化的な現象であったと言えるでしょう。

もう一度検索