日本髪

日本髪とは、長い歴史を持つ日本固有の伝統的な髪形全般を指す言葉です。広義には古墳時代から昭和戦前までの期間に結われた日本独自の髪形を包含しますが、特に安土桃山時代後期から幕末にかけて女性の結髪が多様な発達を遂げたスタイルを指すことが多くあります。この記事では、日本の髪形がどのように時代とともに変化し、その多様な世界を築いてきたのかをご紹介します。

歴史的な変遷を辿る

日本の髪形の歴史は古く、古墳時代には既に祭祀に関わる人々の間で特有の髪形が見られました。その後、時代と共に変化し、特に江戸時代は日本髪の多様化が極限まで進んだ時代として知られます。

江戸時代の繁栄

江戸時代に入ると、社会構造や文化の成熟に伴い、髪形も細分化、多様化が進みました。

江戸時代前期：男性は、後の銀杏髷に繋がるような、髪を後ろで一つにまとめるスタイルが一般的でした。女性の間では、細長いシルエットを持つ立兵庫、元禄島田、元禄勝山などが流行し、後頭部の髪を後ろに突き出す髱（たぼ）が特徴的な時代でした。
江戸時代中期：男性の髪形では本多髷が中心となりました。女性は、側頭部の髪、すなわち鬢（びん）を横方向に張り出し、透け感のある灯籠鬢（とうろうびん）が流行の最先端となります。髷も島田髷や勝山髷のように横に広がり、大きな形になります。対照的に、髱は鬢の張り出しと反比例して小さくなるか、全くなくなるか、あるいは下向きに膨らむ形へと変化しました。この頃から、着物のうなじを広く見せる「抜き衣紋」の着こなしが広まります。
江戸時代後期：男性の髪形は再び銀杏髷が主流に戻り、女性と同様に鬢を厚く膨らませた「厚鬢（あつびん）」が結われるようになります。町人の男性の間では、髱を下方に膨らませる「袋付（ふくろつけ）」が好まれました（ただし男性は抜き衣紋はしませんでした）。女性の間では灯籠鬢の流行は一段落しますが、高島田、つぶし島田、結綿、桃割れ、丸髷、先笄（さっこう）など、現代にも受け継がれている多くの代表的な髪型がこの時期に確立しました。髱の形は、公家や大名家では椎茸髱、武家や町人では関東で下膨れ、関西で丸みを帯びた形が一般的となりました。

明治以降の変革と現代へ

明治時代に入り、日本の社会に西洋の文化が流入すると、髪形も大きく変化します。男性の多くは断髪し洋髪へと移行しました。女性も洋風の髪型を取り入れる一方で、和服にも洋服にも合うように考案された束髪（そくはつ）、夜会巻き、耳隠しといった和洋折衷の新しいスタイルも登場し人気を博しました。日露戦争後に流行した二百三高地髷のように、当時の社会情勢を反映した髪型も見られます。戦時体制に入るまでは、特に和服を着用する際には、白塗りの化粧と共に伝統的な日本髪が引き続き結われる機会もありました。

第二次世界大戦後、日本髪は日常生活からはほぼ姿を消し、歌舞伎や時代劇、花柳界、結婚式といった特定の場や特別な機会に限定されるようになりました。しかし現代でも、成人式や正月の晴れ着に合わせる形で、従来のスタイルを結いやすくアレンジした新日本髪が結われることがあります。

江戸と上方、そして多様なスタイル

江戸時代には、文化の中心地である江戸と上方（京都・大阪）で、それぞれ異なる特徴を持つ日本髪が発展しました。

江戸風：前髪や鬢を前方に突き出し、髱も下向きに張り出すスタイルが特徴です。髪量を増やすためのかもじを多く使用するため、全体的に重厚感があり、大ぶりな印象を与えます。
* 上方風：前髪や鬢を後ろに自然に流し、髱は丸く可愛らしくまとめるのが特徴です。かもじの使用を最小限に抑えるため、江戸風に比べて軽く、前から見ると小ぶりで丸みを帯びた、可憐な雰囲気を醸し出します。

日本髪は、その形状によって様々な系統に分類されます。古くから伝わる垂髪（すいはつ）系（垂髪、おすべらかしなど）、遊女の髪形から派生した兵庫系（立兵庫、横兵庫など）、最も多くの種類を含む島田系（高島田、つぶし島田、桃割れ、結綿など）、武家や既婚女性に多い勝山系（丸髷、吹輪など）、笄髷（こうがいまげ）系（先笄など）、そして明治以降に登場した束髪系（夜会巻き、束髪など）などがあります。

また、日本髪は結う人の身分、年齢、既婚・未婚、職業によって厳格に定められていました。公家、武家、豪商、町人、僧侶、遊女、芸者など、それぞれの立場にふさわしい髪形が存在しました。例えば、武家の奥方は丸髷、町人の若い未婚女性は桃割れや結綿、遊女の最高位である太夫は横兵庫、舞妓は割れしのぶや先笄といった具合です。男性も、公家は冠の下に髻を結い、武士は月代を剃った丁髷（例：大銀杏、細刷毛）、町人は銀杏髷や本多髷など、様々なスタイルがありました。

日本髪を構成する要素と関連文化

日本髪は、いくつかの基本部分と、それを整えるための道具、そして装身具から成り立っています。髪形の核となるのは、後頭部でまとめられた髷（まげ）、側頭部の鬢（びん）、後頭部の下部や後ろに張り出す髱（たぼ）、そして前髪です。これらの部分を美しく形作るためには、椿油などの髪油や鬢付け油といった整髪料が必要不可欠でした。また、髪をまとめるための元結（もっとい）、髷のボリュームを出すための丈長（たけなが）といった道具や、簪（かんざし）、櫛（くし）、笄（こうがい）などの華やかな髪飾りが日本髪を彩りました。

伝統的な結髪技術を持つ人々は髪結い（かみゆい）と呼ばれ、江戸時代には男性向けと女性向けの髪結いがいました。現代では、演劇や映像制作の現場、または大相撲の世界で、日本髪やかつらを専門に結う床山（とこやま）がその高度な技術を継承しています。

現代において、日本髪の姿を目にする機会は限られていますが、時代劇や歌舞伎、大衆演劇といった伝統芸能の舞台、あるいは時代行列や祭り、結婚式などの特別な場面で見ることができます。これらの場を通じて、日本の歴史や美意識、そして文化が詰まった多様な日本髪の世界に触れることが可能です。

日本髪は、単なる髪の結い方ではなく、日本の歴史や社会、文化、人々の生活や美意識と深く結びついた、生きた文化遺産と言えるでしょう。その豊かな歴史と多様なスタイルは、今も私たちの心を惹きつけてやみません。

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