東大寺大仏殿虹梁

東大寺大仏殿の虹梁

東大寺大仏殿の屋根を支える2本の虹梁は、それぞれ長さ23.5メートルもの巨大なアカマツでできています。これらの虹梁は、1704年（宝永元年）に日向国（現在の宮崎県）の白鳥神社から、大和国（現在の奈良県）の東大寺まで、延べ10数万人もの人々が参加し、9ヶ月という長い時間をかけて運搬されました。この壮大なプロジェクトは、当時の日本の技術力と人々の熱意を示す象徴的な出来事として知られています。

虹梁調達の背景

東大寺大仏殿は、奈良時代に建立された後、1181年（治承4年）と1567年（永禄10年）に二度焼失しています。現在の建物は、1684年（貞享元年）に公慶上人が再建を発願し、1688年（元禄元年）に着工されました。しかし、その再建には大きな困難が伴いました。

最大の課題は、虹梁として使用する巨大な木材の調達でした。当時の日本は、大規模な木造建築に適した巨木が不足していたのです。これは、豊臣秀吉が建立した方広寺大仏殿（京の大仏）の影響が大きいと考えられています。方広寺大仏殿の建設により、日本各地の巨木が伐採し尽くされ、その後、方広寺が焼失し、再度同じ規模で再建された際に、巨木不足を補うために、柱に寄木材が使われるという苦肉の策が講じられました。そのため、江戸時代に行われた東大寺大仏殿の再建時には、より一層、巨木材の調達が困難になっていました。

東大寺大仏殿の虹梁は、柱の間隔の3倍、すなわち23.1メートルの長さが必要で、3020トンもの屋根を支える必要がありました。そのため、長さ23.6メートル、直径1メートルで、強度と耐久性に優れたアカマツが求められましたが、その条件を満たす木材はなかなか見つかりませんでした。

虹梁材の発見と伐採

1702年（元禄15年）、日向国小林（現在の小林市）に住む園田清右衛門が、霧島山山腹の白鳥神社境内に、2本のアカマツの大木があることを発見し、薩摩藩と奈良奉行を通じて公慶に報告しました。公慶は早速現地に赴き、大木が高さ54メートルもあり、曲がりも虫食いもない良材であることを確認し、虹梁として採用することを決定しました。

木を切り倒すと裂ける恐れがあったため、根の周囲を掘って倒す方法が採用されました。1703年（元禄16年）9月19日から1本目の掘削が始まり、9月22日に倒されました。2本目は、9月23日に掘削が開始され、9月25日に倒されました。倒された大木からはそれぞれ虹梁材が切り出され、両端には金属の輪がはめられました。1本目は長さ23.6メートル、重量23.2トン、2本目は長さ23.6メートル、重量20.4トンという巨大な木材でした。

虹梁材の運搬

日向国から海岸まで

白鳥神社から海岸までは、起伏のある道を66キロメートル運搬する必要がありました。運搬には、丸太を樋状に組んだ誘導路や、木馬と呼ばれるソリが使われたと考えられています。2本の虹梁材は、1704年（宝永元年）1月7日に白鳥神社を出発し、尾八重野、加久藤、吉松、牛の瀬戸、横川、鳥越を経て、新川口（天降川河口）まで運ばれました。途中、様々な場所で迂回する必要があり、90キロメートルもの行程となりました。薩摩藩の山奉行が指揮を執り、延べ10万人が参加し、4000頭の牛を使い、115日をかけて、5月4日にようやく新川口に到着しました。

海上輸送

新川口に隣接する浜之市で、2本の虹梁材は筏に組まれ、鹿児島湾を6隻の船に引かれて3日間かけて鹿児島津に到着しました。しかし、鹿児島から畿内までの航路には、波の荒い日向灘や玄界灘が控えており、筏のままでは強度が不足するため、船に乗せる必要がありました。当時はこのような大木を船に乗せる技術がなく、商人たちは輸送を躊躇する状況でした。

このような状況の中、志布志の商人山下弥五郎が、観音様のお告げを受けたとして、米を運ぶのと同じ運賃で、畿内までの輸送を買って出ました。弥五郎は、船を沈めるという大胆な方法を用いて、2本の大木を船に乗せることに成功しました。6月11日に船底の栓を抜いて船を沈め、翌12日の満潮時に虹梁材を船の上に配置しました。干潮になるのを待って船底の栓を戻し、船の中から水をくみ出すことで、虹梁材の積載に成功したのです。

6月20日に観音丸は鹿児島津を出発し、7月12日に兵庫津に到着しました。虹梁材を船から降ろす際にも、船を沈める方法が用いられました。兵庫津からは、4艘の船に引かれて、7月16日に大阪の伝法川河口に到着しました。大阪からは、船で虹梁材を挟み、淀川と木津川をさかのぼりました。延べ4625人が川岸から綱で船を引く作業に参加し、8月10日に木津に到着しました。

陸路での運搬

8月19日、木津で虹梁材はそれぞれ2基の台車に乗せられ、東大寺までは市坂と奈良阪を越える陸路を、人手によって運搬されました。虹梁材を引く作業には、延べ1万7千人が参加し、周辺には数万の見物人が集まりました。その運搬の様子は、「大仏殿虹梁木曳図」に描かれています。1本目は9月2日、2本目は9月5日に東大寺に搬入されました。

その後

大仏殿への虹梁の取り付けは、1705年（宝永2年）3月13日と3月18日に行われ、4月10日に上棟式が執り行われました。大仏殿は1709年（宝永6年）に完成し、3月21日に落慶供養が行われましたが、公慶は1705年（宝永2年）に亡くなっており、完成を見ることができませんでした。

1905年（明治38年）から1911年（明治44年）にかけての修繕作業において、虹梁が約50センチメートル曲がっていることがわかり、鉄骨で補強されました。

1979年（昭和54年）に九州自動車道の工事に際して行われた発掘調査では、虹梁材の運搬経路と見られる遺構が発見されました。この遺構は、当時の運搬方法を推測する上で重要な手がかりとなっています。

まとめ

東大寺大仏殿の虹梁は、その調達から運搬、そして設置に至るまで、多くの困難とそれを乗り越える人々の知恵と努力がありました。この壮大なプロジェクトは、日本の歴史と文化を語る上で欠かせない物語であり、後世に語り継がれるべき遺産です。

脚注

参考文献

えびの市郷土史編さん委員会編　『えびの市史　上巻』　宮崎県えびの市、1994年
志布志町編・発行　『志布志町誌　上巻』　1972年
新原不可止　「東大寺大仏殿虹梁搬送物語」　えびの市史談会編・発行　『えびの　第38号』　2004年
東大寺編　『東大寺』　学生社、1999年、ISBN 4-311-40807-2