東方三博士の礼拝 (ブリューゲル、ブリュッセル)

ピーテル・ブリューゲルと「東方三博士の礼拝」：テンペラ技法と歴史的背景

ピーテル・ブリューゲル（1525/30頃-1569）は、16世紀フランドルを代表する画家です。彼の作品の中でも特に有名な「東方三博士の礼拝」は、初期フランドル派絵画の傑作として知られています。この絵画は、聖書のマタイによる福音書に記された、東方から来た三博士が生まれたばかりのキリストを礼拝する場面を描いています。

テンペラ技法とブリューゲルの技量

ブリューゲルの「東方三博士の礼拝」は、キャンバスにテンペラで描かれた作品です。当時、ネーデルラントでは、タペストリーの代用品として、キャンバスにテンペラで絵を描くことが盛んでした。ブリューゲルの師であり義父でもあったピーテル・クック・ファン・アールストの後妻マイケン・V・ベッセメルスがメッヘレン出身の著名な細密画家であったことから、ブリューゲルは彼女からこの技法を学んだと推測されます。

テンペラ技法は、卵黄などを混ぜ合わせたテンペラ塗料を使用する技法で、鮮やかな色彩と細密な描写を可能にします。しかし、保存が難しいという欠点もあります。そのため、ブリューゲルのテンペラ画は、時間の経過とともに退色しているものが多く、「東方三博士の礼拝」も例外ではありません。1968年から1969年にかけて行われた修復作業では、布地の褐色の地が、屋根の雪解け跡や風景の黄土色の表現などに用いられていたことが判明しています。ブリューゲルは、この技法を用いて「聖マルティンのワイン祭り」、「人間嫌い」、「盲人の寓話」なども制作しています。

作品の詳細とブリューゲルの視線

「東方三博士の礼拝」は、単に聖書の場面を描写しているだけでなく、ブリューゲルの深い観察眼と叙述力が際立つ作品です。三博士の行列だけでなく、都市の門外まで続く従者たちの群衆、幼子イエスに一目見ようと集まる人々、そして日常生活を送る人々の様子も克明に描かれています。ブリューゲルは、これらの群衆一人一人に視線を注ぎ、それぞれの表情や行動を細やかに描写することで、当時の社会の様子を生き生きと表現しています。

この作品には、ヒエロニムス・ボスの「東方三博士の礼拝」の影響も見て取れます。特に中央の荒廃した家畜小屋や、跪く三博士の一人である老王カスパールの姿は、ボスの作品を思わせます。さらに、異国の旅人たちのエキゾチックな服装や、ラクダ、象といった珍しい動物たちの描写も、人々の興味を惹きつけました。

真作性に関する議論

「東方三博士の礼拝」は、背景の描写に空白が多いことから、ブリューゲルによる真作ではないとする見解もあります。しかし、彼の息子ピーテル・ブリューゲル（子）とヤン・ブリューゲル（父）の工房で20数点の複製が制作された事実から、構図自体はブリューゲルによるものであることは否定できません。

参考文献

阿部謹也・森洋子『カンヴァス世界の大画家11　ブリューゲル』、中央公論社、1984年
岡部紘三『図説ブリューゲル　風景と民衆の画家』、河出書房新社、2012年
小池寿子・廣川暁生監修『ブリューゲルへの招待』、朝日新聞出版、2017年
森洋子『ブリューゲルの世界』、新潮社、2017年

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