松瀬青々

松瀬 青々（まつせ せいせい）

松瀬青々は、明治2年（1869年）5月15日に大阪市で生まれた俳人です。本名は弥三郎といい、大阪市東区（現在の大阪市中央区）の薪炭商の長男として育ちました。

生涯

少年期より詩文を小原竹香に、漢学を福田直之進、後に池田蘆州に学ぶなど、早くから文学的素養を培いました。20歳を過ぎてからは、蓼生園中村良顯に和歌を師事し、「邦武」の号を用いています。

1895年、第一銀行大阪支店に入行。銀行の同僚と俳句を作り始めたことが、俳人としての第一歩となりました。この頃から俳句への投稿を開始し、1897年には松山で発行されていた俳誌「ホトトギス」第4号で、高浜虚子選に入選を果たします。当初は「無心」の号を用いていましたが、後に「孤雲」を経て「青々」と改号しました。新聞「日本」や青年雑誌「文庫」への投句でも才能を発揮し、特に「文庫」では高浜虚子から「投句六十、悉く之を採るも可」と称賛されるほどでした。

1898年には結婚。同年、正岡子規が「ホトトギス」に掲載した評論『明治三十一年の俳句界』の中で、「大阪に青々あり」と、その存在を大きく取り上げました。子規は青々の句について、「始めて見るの日既に堂に上りたるを認めたり。其句豪宕にして高華」と評し、古典の典故を巧みに用いながら難解にならず、漢語を自然に句に取り入れるその技量を見抜いていました。

子規の評価を受けた青々は、同年7月に銀行を退職し、9月には上京して「ホトトギス」の編集に携わります。しかし、1900年には「ホトトギス」を離れて大阪に戻り、大阪朝日新聞社に入社。会計部に勤務しながら、新聞の俳句欄選者として俳壇との関わりを続けました。

1901年、自身が主宰する俳誌「寶船」を創刊。精力的な活動を展開し、1904年には句集『妻木冬之部』を刊行しました。これは、青々の存命中に発表されたものとしては最古の個人句集であり、江戸時代の宗祇や其角を除けば極めて早い時期の個人句集として俳句史上の意義があります。その後も1906年にかけて、『妻木新年及春之部』『同夏之部』『同秋之部』とシリーズを重ねました。1911年には「寶船」誌上で、河東碧梧桐が進めていた新傾向俳句に対する批判を展開するなど、俳壇における自己の立場を明確にしました。

俳句活動に加え、青々は仏教、特に経典研究にも深く関心を持ち、在家ながら法隆寺など寺院との強い繋がりを持っていました。「寶船」明治40年8月号では「俳諧夏書」と題し、般若心経をテーマにした八十四句を発表するなど、俳句と仏教思想の融合を試みています。

1912年には大阪朝日新聞社を退社し嘱託となり、俳句活動に一層注力しました。1914年には一時「寶船」を休刊しましたが、1915年には誌名を「倦鳥」と改題し再刊。1925年には「倦鳥」を「林表」と改称して運営を門下の井上麦秋に託し、別途、青々の個人誌として再び「倦鳥」を創刊するという複雑な経緯を経ますが、翌1926年には両誌を合併して「倦鳥」に一本化しています。

俳句のみならず、俳画においても独自の才能を発揮し、1930年には大阪三越百貨店で「青々俳画展」を開催するなど、多方面で活躍しました。

昭和12年（1937年）1月9日、狭心症のため69歳で死去。多くの僧侶が弔問に訪れ、法隆寺管長佐伯定胤もその一人でした。墓所は大阪市天王寺区の正覚寺にあります。

没後も、青々の作品は広く読まれました。生前に句集出版を意図して「倦鳥」に掲載されていた自選句をもとに、1938年9月に句集『鳥の巣』が上下巻で刊行されました。また、1910年から1936年末までに「倦鳥」に発表された「近作」をまとめた大著、句集『松笛』全4巻も、1938年から1940年にかけて出版されています。

作風と功績

青々の俳句は、初期には与謝蕪村に傾倒し、天明調の典雅な句風を見せ、子規から高い評価を受けました。やがて芭蕉にも深く傾倒し、その俳諧精神の研究に努めました。古典全般への造詣が深く、漢詩や古典の詩句に触発されて句を作る独自の技法を「字がらみ作句法」と称しました。

古季語や難解とされる季語を積極的に句に詠み込むことも青々の大きな特徴です。特に漢籍から「春泥」や「薄暑」といった言葉を季語として採用し、俳壇に定着させた功績は大きいとされます。また、「桃柳」「梅柳」のように、古来の風習や季節感を背景とした言葉を季語として多用し、その世界観を豊かに表現しました。

俳画の分野でも独自の様式を確立し、多くの作品を残しています。

晩年には、主宰誌「倦鳥」を通じて、古屋秀雄、右城暮石、細見綾子といった将来を嘱望される俳人たちを育て上げ、関西俳壇における指導者としても重要な役割を果たしました。

代表句

雨雲のよせつゝ凄き火串かな
つま木取リ越王台に上りけり
天地の間にかろし蟬の殻
鳥の巣に鮑の玉もありぬべし
日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり
これやこの鷓鷣の飛びゐる花の中
月見して如来の月光三昧や

主な著書

『妻木』 （1904-1906年、4巻本）
『倦鳥頭言集』（1937年）
『鳥の巣』（1938年、上下巻）
『松笛』（1938-1940年、4巻本）
『随感と随想』（1942年）
『松瀬青々全句集』（2006年、2011年、上下巻）
『妻木抄―松瀬青々句集』（2006年）

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