根岸湾

根岸湾



横浜市中区本牧岬から金沢区富岡の鴻ノ巣鼻にかけて広がる、東京湾西岸の半円形の海域を根岸湾(ねぎしわん)と呼びます。この湾は磯子湾とも称され、また幕末期にはペリー艦隊の蒸気船ミシシッピに因み、主に外国人によってミシシッピ湾とも呼ばれた歴史を持ちます。

名称の由来



根岸湾という名称は、明治時代以降に定着したと考えられています。1885年明治18年)にこの地域の村々が同業組合を設立した際、根岸村が活動の中心であったことから、「根岸の地先の海」として呼ばれるようになったとする説が『磯子の史話』(1978年発行)に記されています。1893年明治26年)刊行の『東京湾海図』に既にこの名称が見られることから、明治中期には広く認識されていたことがわかります。

地理と過去の姿



かつての根岸湾は、湾内は水深が浅く、海岸線沿いには屏風浦の名の由来ともなった高さ約50メートルの切り立った海食が連なっていました。湾に注ぐ河川は、人工河川である堀割川と大岡川分水路の他、禅馬川や杉田川といった小規模なものでした。

明治から昭和初期にかけて、根岸湾は海苔養殖が盛んな漁場であり、景勝地として経済人らの邸宅や別荘が多く建てられました。1933年の時点では、12ヶ所の海水浴場が存在し、夏には多くの人で賑わいを見せていました。

現代への変貌と大規模埋立



しかし、1960年代に本格化した大規模な埋立事業によって、自然の海岸線は姿を消しました。埋立地の背後にある磯子区の丘陵地には、湾岸の工場労働者のための汐見台団地が建設され、1963年5月から入居が始まっています。

根岸湾の埋立は古く、明治期にも小規模なものが記録されていますが、戦後、横浜市の復興と産業振興が喫緊の課題となる中で、大規模な埋立が計画されました。戦災と米軍接収により経済復興が遅れていた状況を打開するため、1957年の国際港都建設総合基幹計画に基づき、根岸湾を一大工業港湾として開発することが決定され、横浜市により事業が進められました。

主な埋立工区とその時期、進出企業は以下の通りです。
第1期A地区(現:磯子区新森町、新中原町など):1959年2月~1963年10月。東芝IHIなど。
第1期B地区(現:中区千鳥町、磯子区鳳町など):1959年2月~1963年12月。ENEOS根岸製油所など。
第2期イ地区(現:磯子区新磯子町など):1961年7月~1964年12月。東京ガス、東京電力、電源開発の火力発電所、磯子海づり施設など。
第2期ロ地区(現:磯子区新杉田町の一部):1961年7月~1964年12月。IHIなど。
* 第2期ハ地区(現:金沢区鳥浜町、昭和町の一部):1967年7月~1971年1月。横浜南部市場トヨタ自動車日本飛行機など。

広大な埋立地には、現在も多くの工場や港湾施設が立地し、京浜工業地帯の一角として日本の産業を支える重要な拠点となっています。

埋立と漁業補償問題



1956年、埋立計画が具体化する際、地元漁業関係者への事前協議が行われなかったことから、各漁業組合は猛反発しました。1957年には屏風ヶ浦・根岸・本牧の漁協が連合し、埋立反対期成同盟会を結成、市当局に陳情を行うなど強い反対運動を展開しました。

しかし、市側との粘り強い協議の結果、漁業組合は埋立そのものへの反対を取り下げ、漁業権の補償と組合員の生活対策に関する交渉へと方針を転換しました。そして1958年12月に補償覚書が、翌1959年1月には漁業補償協定が調印され、長年の問題に終止符が打たれました。協定調印後、1959年2月には埋立事業の起工式が挙行され、工事が本格化しました。根岸湾漁協は、この歴史的な経緯と当時の苦渋の決断を後世に伝えるため、1965年2月に根岸駅前に記念碑を建立しました。

親水施設の整備



埋立により失われた海水浴場などに代わる市民の憩いの場として、親水施設が整備されました。1965年7月にはレジャープールである横浜プールセンターがオープン。1968年3月には横浜市民ヨットハーバーが山下公園付近から根岸湾へ移転しました。また、1983年5月1日には埋立地の先端部にいそご海づり場(磯子海づり施設)が開設され、釣り人に親しまれています。さらに、雨水滞水池の屋上を利用した磯子・海の見える公園が2007年に開園し、海辺の散策や景観を楽しむことができるようになりました。

根岸湾は、かつての風光明媚な漁場・保養地から、戦後日本の高度経済成長を支える工業港湾へと劇的な変貌を遂げました。その歴史は、都市の発展と自然環境、そして地域社会の変遷を物語っており、現在も京浜工業地帯の重要な一角として機能しながら、一部には市民に開かれた海辺の空間を提供しています。

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