桂仁左衛門

桂仁左衛門：上方落語界の重鎮とその生涯

桂仁左衛門(1853-1911)は、上方落語史に名を刻む名優の一人です。本名深江鶴吉。大阪の西横堀川で木挽き職人として生計を立てていましたが、落語への情熱を胸に、素人落語連を経て、プロの道へと歩みを進めます。

当初は「挽丸」という芸名で活動していましたが、1873年頃には5代目林家正三に入門し、「延好」「初代林家小正楽」と芸名を改め、その後、2代目桂文枝（後の桂文左衛門）の門下に移籍します。「時蔵」を経て、1881年には2代目桂南光を襲名。桂派の中核として活躍するようになりました。

風貌は独特でした。片足が不自由で、顔にはあばたがあり、ふくよかな体格から「大煎餅」や「餡パン」というあだ名で親しまれていました。容姿からは想像できないほど洒脱な語り口で、人情噺にも定評があり、東京から来た落語家たちをも唸らせるほどの技量を持っていました。

仁左衛門の十八番は「三十石」で、特に船唄は見事な美声で聴衆を魅了しました。「三十石浮かれの舟唄」として語り継がれる名演です。落語だけでなく、歌舞伎や相撲も愛好しており、1903年には大阪相撲協会から木戸銭御免の札を贈られるほどでした。

1906年3月には、贔屓にしていた歌舞伎役者、3代目片岡我當が11代目片岡仁左衛門を襲名したことを機に、自身も桂仁左衛門と改名。さらに芸名を変えることで、新たな境地を開拓しようと試みたのかもしれません。

1910年には師匠格にあたる3代目桂文枝が亡くなり、衰退しつつあった桂派を支える重責を担うことになります。しかし、大酒を嗜む習慣があり、翌年には中風で倒れ、1911年11月12日に58歳でこの世を去りました。大阪市東成区の大今里墓地に眠っています。法名は釋浄鶴です。

得意ネタは「三十石」の他に「木挽茶屋」「ざこ八」などがあり、多様な演目をこなせる実力者でした。1929年刊行の月亭春松の『落語系圖』には愛犬を抱いた写真が掲載されていることから、私生活の一端も垣間見ることができます。

仁左衛門は多くの弟子を育成し、後進の指導にも力を注ぎました。稽古は厳しく、弟子たちからは恐れられていましたが、その指導は彼らの芸の向上に大きく貢献しました。主な門下には、初代桂小南、2代目桂三木助、桂門三郎、初代桂南天、桂小南光、左衛門（後の3代目桂梅枝）、仁太郎（4代目林家木鶴）、桂仁鶴（後の桂三木丸）らがおり、彼らも後に上方落語界を担う存在となりました。

桂仁左衛門は、決して華やかな人生ではありませんでしたが、その芸の腕前と人柄、そして後進への指導によって、上方落語界に大きな足跡を残した、まさに時代を彩った落語家と言えるでしょう。彼の生き様は、今もなお多くの落語家たちの心に深く刻まれています。

もう一度検索