桑山玉洲

桑山玉洲：実業家から文人画家へ至る波瀾万丈の生涯

桑山玉洲（1746-1799）は、江戸時代中期を代表する文人画家にして美術評論家です。紀州（現在の和歌山県）に生まれ、祇園南海、野呂介石とともに紀州三大南画家の一人に数えられています。彼の生涯は、実業家としての成功と、芸術家としてのたゆまぬ探求、そして独自の画論の確立という、ドラマチックな展開に満ちています。

商家の跡継ぎから実業家へ

玉洲は、廻船業と両替商を営む裕福な桑山家の家に生まれました。桑山家は代々武士の家系でしたが、玉洲の曾祖父の代から商売を営むようになり、江戸や神奈川にも支店を持つほどの繁栄を誇っていました。7歳の時に父を亡くした玉洲は、一族の支援を受けて家業を継ぎ、19歳で苗字帯刀を許されるなど順調なスタートを切ります。しかし、明和5年（1768年）に神奈川の支店が焼失し、さらに持船の難破によって大きな損失を被り、事業は危機に瀕します。

このピンチを乗り越えるため、玉洲は開墾事業に乗り出します。その成果は大きく、事業は持ち直し、若き実業家としての才能を開花させました。しかし、玉洲はその後、農業に転向するという意外な決断をします。この経験は、後の彼の芸術観に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。

画業への転身と独自の芸術探求

玉洲の画業は、19歳から始まりました。当初は中国絵画の模写から始めましたが、若くして江戸や京都で積極的に書画収集を行い、芸術への強い関心を示していました。その後、江戸の雪舟派の画家である桜井雪館に師事しますが、狩野派にも触れたものの、両者への失望から独自の道を歩むことを決意します。彼の画論書『嗣幹画論』（未発表）には、当時の画壇への痛烈な批判が記されていると言われています。

26歳頃、開墾事業が一段落すると、玉洲は本格的に画業に専念します。柳沢淇園や中国の画家である伊孚九、沈南蘋らの作品を学び、大坂の池大雅、高芙蓉、木村蒹葭堂らとも交流を深めます。様々な画家や画風に触れながらも、師事する人物を持たずに、独学で自身の画風を確立していったのです。学問においては儒学者・漢詩人の細合半斎を師と仰ぎ、31歳の時には半斎の肖像画を描いています。これは玉洲の唯一の肖像画として知られています。

文人画の完成者としての評価

玉洲は山水画を得意とし、特に真景図において卓越した才能を発揮しました。50歳の頃には、野呂介石らとともに熊野地方を遊歴し、その経験に基づいて『熊野奇勝図巻』や『那智瀑布図』といった名作を遺しています。

玉洲は画家としてだけでなく、美術評論家としても高く評価されています。寛政2年（1790年）には画論『画苑鄙言』を著し、伊勢長島藩主増山雪斎に献上しました。この画論は、玉洲の幅広い知識と独自の文人画論が展開されており、日本の文人画論の完成を告げるものとして高く評価されています。同年には『玉洲画趣』も完成させています。

寛政11年（1799年）、54歳で亡くなった玉洲。没後には、木村蒹葭堂によって遺稿『絵事鄙言』が刊行されました。この書の中で、玉洲は俵屋宗達や尾形光琳を日本の南宗画の代表として高く評価しており、その鋭い批評眼は現代にも通じるものがあります。

桑山玉洲は、実業家としての成功と芸術家としての探求、そして美術評論家としての貢献という、三つの側面を備えた稀有な存在でした。彼の作品と画論は、日本の美術史において重要な位置を占め続けています。

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