森下システム

森下システム：相居飛車矢倉における革新的戦法とその変遷

森下システムは、将棋における相居飛車矢倉戦で用いられる、先手の戦法です。考案者である森下卓九段自身は、これを戦法ではなく思想と位置付けており、淡路仁茂九段や青野照市七段の棋風を参考に体系化されたものです。

戦法の骨子と特徴

森下システムの基本形は、▲3七桂-△6四角-▲2六歩の進行を含むいくつかのパターンがあります。従来の矢倉戦が先手が形を決定し、後手が対応するのに対し、森下システムは意図的にこの流れを逆転します。後手の対応を見てから先手が自らの作戦を決定するという点が、この戦法の核心です。

▲2六歩を突くという点では中原流▲6八角を引き継いでいますが、森下システムは右銀を4八に据えたまま玉の囲いを優先し、後手の作戦によって柔軟に対応します。具体的には、状況に応じて▲5七銀-▲6六銀右、あるいは▲3七桂と飛車を3筋に寄せてから▲4六歩-▲4七銀、もしくは▲5七銀から▲4六銀、あるいは▲6五歩-▲6六銀右と活用します。▲3七銀戦法を採用することも可能です。

かつては矢倉戦法といえば森下システムと言われるほど主流でしたが、これはそれまでの▲2九飛戦法、雀刺し、棒銀の三すくみ状態に対する、後出しジャンケン的な戦略が有効だったためです。相手の戦法を見てから最適な対応をするという柔軟性が、その人気の背景にありました。

衰退と弱み：雀刺しの台頭

しかし、森下システムには大きな弱点がありました。それは、相手の攻勢を顧みずに早く囲いを作ってから反撃するというスタイルが、雀刺しに対して非常に有効な戦法だったことです。雀刺しの速い攻めと、玉への直接的な攻撃は、森下システムのじっくりとした作戦を凌駕することが多く、特に△4一玉型での雀刺しは、森下システムにとって大きな脅威となりました。

図に示すような後手の雀刺しは、森下システムにとって致命的な展開となります。この展開では、先手の攻撃陣と後手の守備がほとんど動いておらず、先手の▲4七銀型は、▲5七銀-6五歩-6六銀といった守りを示す形に比べて、明らかに劣勢に立たされています。

森下システムは、相手の反応を見てから作戦を決めるため、雀刺しのような速い攻めに対して対応が遅れてしまい、決定的な劣勢に陥ることがありました。じっくりとした作戦を展開する森下システムに対し、雀刺しの速い攻撃は大きな脅威となり、戦法としての優位性を失わせました。

郷田流と深浦流：森下システムの復活

森下システムの弱点を克服すべく、郷田真隆九段は▲6七金△7四歩の交換をせず▲3八飛と回る郷田流を考案しました。これは玉の移動を遅らせることで雀刺しへの抵抗力を高める戦法です。一時は森下システムの思想を受け継ぎ、復活の原動力となるのではと期待されました。

その後、深浦康市九段らの研究により、雀刺しに対しては▲8八玉を保留し▲4六銀と出て▲5五歩△同歩▲同銀と交換、5筋から攻めるという深浦流が有効であることが判明しました。

これにより森下システムは再び指されるようになりましたが、2000年代以降は、先手が主導権を握りやすい3七銀戦法が主流となり、その地位は譲ることとなりました。しかし、現在でも、高度な戦術理解と柔軟な対応を必要とする戦法として、将棋界において重要な位置を占めています。

参考文献

勝又清和、『消えた戦法の謎』(文庫版)、毎日コミュニケーションズ、2003年
勝又清和、「突き抜ける！現代将棋 第48回 現代将棋と香車」、「将棋世界」、2013年9月号
深浦康市、『これが最前線だ!』、河出書房新社、1999年
森下卓、『将棋基本戦法 居飛車編』、日本将棋連盟、1997年
* 森下卓、『現代矢倉の思想』、河出書房新社、1999年

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