森春濤

森春濤：明治漢詩壇を彩った碩学の生涯

森春濤（もり しゅんとう、1819年-1889年）は、江戸時代末期から明治初期にかけて活躍した著名な漢詩人です。尾張国（現在の愛知県）の医者の家に生まれた春濤は、代々続く医師の家系を継ぐことを期待されましたが、幼い頃から浄瑠璃に親しみ、詩作への才能を開花させます。

医学の道には進まず、詩作に情熱を注いだ春濤は、17歳の時に尾張国丹羽村の鷲津益斎に入門。後に大沼枕山と出会い、互いに切磋琢磨し、双璧と称されるほどの仲を築きました。その後、京都で梁川星巌に師事するなど、研鑽を積んでいきます。

江戸遊歴の際には、小野湖山、遠山雲如、鈴木松塘、釈梅痴といった当時の文人たちと交流を深め、詩作の技量をさらに高めました。1862年からは名古屋、福井、越後と各地を転々とした後、1874年に東京に移住。下谷に居を構え、大沼枕山の例にならって茉莉吟社を結成、月刊誌『新文詩』を創刊します。

『新文詩』は1883年まで継続され、多くの著名な詩人の作品が掲載されました。1874年には、鍋島閑叟、山内容堂、松平春嶽といった明治時代の著名な諸侯をはじめ、166人の詩人たちの作品を網羅した『東京才人絶句』を編纂。この詩集は大いに世間の注目を集め、春濤の名声を不動のものとしました。さらに、張船山、陳碧城、郭頻伽といった清朝の詩人の作品を日本で紹介するなど、文化交流にも尽力しています。

春濤は多くの弟子を育成し、丹羽花南、奥田香雨、永坂石埭、神波即山、徳山樗堂、杉山三郊、橋本蓉塘、岩渓裳川、永井三橋といった著名な漢詩人を輩出しました。これらの弟子たちは、明治時代の漢詩壇を担う重要な存在となりました。

春濤の代表的な詩集には、『蘆花漁笛集』『海門釣庵集』『人日草堂集』『松雨莊人集』『閏在正月集』『千嵓萬壑集』『九十九橋集』『港雲楼雨集』『桃花流水集』『敗柳残荷集』『雲漢霓裳集』『江山有待集』『千里帰来集』『遊仙集』などがあります。没後には『春濤詩鈔』も出版され、その作品は現在も高く評価されています。

晩年は胃癌とマラリアに侵され、71歳でこの世を去りました。谷中の経王寺に葬られ、明治漢詩壇に大きな足跡を残した春濤の生涯は、後世に語り継がれるべきものです。

参考文献

『明治漢詩文集』（1983年、筑摩書房・明治文学全集62巻）
入谷仙介『近代文学としての明治漢詩』（1989年、研文出版）
* 永井荷風『下谷叢話』（2000年、岩波文庫）

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