楯無

楯無（たてなし）

楯無は、日本の大鎧の名前であり、清和源氏に伝来した源氏八領の一つとして知られています。平治の乱で失われたという伝承もありますが、甲斐国の武田氏にも「楯無」という名の大鎧が伝わっており、その由来には諸説あります。

源氏重代の鎧

皇室や公家において家門を表徴する宝器を直系子孫に相伝する慣習があったように、平安時代後期以降の武家でも、総領家嫡流が鎧や旗など家の表徴とされる武具を相伝する習慣が生まれました。その中で、清和源氏嫡流に代々伝えられた鎧の一つが楯無です。

『保元物語』には、源為義重代相伝の鎧・源氏八領の中の一つとして「楯無」の名が登場します。平治の乱では、源義朝が楯無を身に付けたとされ、黒糸威で獅子丸の裾金物が打ち付けられていたと描写されています。敗れた義朝が美濃路を逃走中、大雪のために楯無を雪の中に脱ぎ捨てたという逸話も残っています。

武田家の楯無

『甲陽軍鑑末書』には、捨てられた楯無を石和四郎が拾って甲斐に持ち帰り、甲斐武田氏の重宝となったという説が紹介されています。しかし、新井白石は『本朝軍器考』で、武田氏の先祖が源義家ではなくその弟の源義光であることから、武田氏に伝来したのは源氏八領の楯無とは別の鎧であると解釈しています。伊勢貞丈も『源家八領鎧考』で、義光は嫡流ではないため源氏八領の楯無が伝わることはなく、武田氏に伝来したのはその模造であると説明しています。

現存する菅田天神社に伝わる武田家伝来の楯無は小桜韋黄返威であり、『平治物語』に描かれる黒糸威の楯無とは異なる点も、両者が別の物である可能性を示唆しています。

南北朝時代以降の武田氏惣領家は安芸武田家であるとする説や、甲斐武田家と安芸武田家に分立したとする説もあり、安芸武田家にも義光相伝の鎧が伝えられていたとされています。厳島神社が所蔵する国宝黒韋威胴丸がその鎧であるという説もあります。

楯無鎧の伝承と記録

楯無鎧は、甲斐源氏の始祖である新羅三郎義光以来、甲斐源氏の惣領武田氏の家宝として相伝された「楯無」の号を持つ鎧で、御旗と呼ばれる日章旗と対になっています。戦国時代には、武田氏の家中で神格視され、出陣の際に「御旗楯無も御照覧あれ」と誓ったといいます。

武田信玄は楯無鎧を鬼門鎮護のため菅田天神社に納め、武田氏の一族である於曽氏が管理しました。武田氏滅亡の際には、武田勝頼の家臣により向嶽寺の杉下に埋められましたが、後に徳川家康により回収され、再び菅田天神社に戻されました。江戸時代には盗難に遭い破損し、補修が行われています。

現存する楯無鎧は、「小桜韋威鎧 兜、大袖付」として国宝に指定されています。

江戸時代の楯無

江戸時代には、菅田天神社に楯無鎧が祀られていることが地誌類に記され、武田家累代の宝器として認識されるようになりました。幕臣による修復や将軍の上覧も行われ、その存在が広く知られるようになりました。

形態

菅田天神社に現存する楯無鎧は、平安時代後期製作の兜鉢や金具など大鎧の鉄製部分が再利用され、鎌倉時代中期に仕立てられた鎌倉様式の鎧です。南北朝時代から戦国時代にかけて補修が施されています。「小桜韋威」とは、藍で桜の花弁を現した小桜文様で小札を韋威すことを意味しますが、実際にはさらにキハダで黄返しを施した「小桜韋黄返威鎧」です。韋威の大半は江戸時代の補修時のものですが、当初のものもわずかに残っており、平安・鎌倉時代の大鎧の様式を基本に補修が行われた各時代の様式を残しています。

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