欽一石

欽一石：発見から命名までの波乱に満ちた歴史

欽一石（きんいちせき、kinichilite）は、日本産の新鉱物として知られるテルル酸塩鉱物です。その化学組成は、Mg0.5[(Mn,Zn)Fe3+(TeO3)3]·4.5H2O、またはMg0.5Mn2+Fe3+(Te4+O3)3·4.5H2Oと表記され、六方晶系に属します。

発見されたのは静岡県下田市にある河津鉱山です。鉱物科学研究所の堀秀道氏によって発見され、鉱物学者である櫻井欽一氏の名にちなんで命名されました。発見当初は、亜鉛を主成分とするゼーマン石の二価鉄置換体として報告されました。しかし、後の研究で、ゼーマン石と欽一石の構造が再検討されることになります。

1995年に行われた研究により、ゼーマン石の主成分が三価鉄と亜鉛であることが判明しました。この結果、当初は欽一石はゼーマン石と同等と見なされ、新鉱物としての地位を失う可能性がありました。ところが、この研究では、日本の産地から提供されたタイプ標本ではない別の標本が分析されました。その結果、この標本はマンガンを亜鉛よりも多く含むことが判明し、ゼーマン石のマンガン置換体として欽一石を位置付けることが可能になりました。この新しい化学組成が、国際鉱物学連合の新鉱物・鉱物・命名委員会によって承認されたのです。

この経緯により、堀氏らの最初の記載論文は名称のみが認められるという異例の事態となりました。当初のタイプ標本とは異なる標本が、後に欽一石の代表的な標本として扱われることになったのです。このため、欽一石のタイプ標本には、現在も混乱が残っています。

欽一石の発見と命名の過程は、科学研究における発見と検証、そして命名の複雑さを示す興味深い事例です。当初の報告と後の研究結果の食い違い、そしてタイプ標本の入れ替わりといった出来事を経て、現在ではマンガンを多く含むテルル酸塩鉱物として確立されています。この鉱物は、鉱物学における研究方法や命名規則について、重要な示唆を与えてくれると言えるでしょう。

さらに深く理解するためには、堀秀道氏らによる原著論文(Mineralogical Journal, 1980)や、松原聰氏の著書『日本の鉱物』(学習研究社、2003年)などを参照すると良いでしょう。これらの文献には、欽一石の発見から命名に至るまでの詳細な経緯や、その化学的・結晶学的性質についての情報が記載されています。欽一石は、日本の地質学、鉱物学研究において貴重な存在であり、これからも多くの研究者によって調査・研究が続けられていくことでしょう。

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