民族民主革命党スパイ事件

民族民主革命党スパイ事件：北朝鮮と韓国の地下組織の暗闘

1999年、韓国社会を揺るがした民族民主革命党（民革党）スパイ事件は、北朝鮮の朝鮮労働党の指示を受けた韓国国内の地下組織が摘発された事件です。この事件は、韓国の左翼地下組織としては、南朝鮮労働党以来最大規模とされ、その複雑な背景と内部抗争、そして摘発に至る経緯は、現代史における重要な一幕として語り継がれています。

事件の背景：反帝青年同盟から民革党へ

民革党の前身は、1989年3月3日に結成された大学生組織「反帝青年同盟」（反青）に遡ります。この組織は、結成当初から北朝鮮の主体思想に影響を受けた親北朝鮮的な組織であったとされています。反青は、ソウル大学の学生であった河永沃の主導で設立され、同年4月には金日成の誕生日を祝う印刷物を配布する事件を起こしています。

その後、金永煥が反青に加入し、1991年2月には金永煥と曺裕植が北朝鮮に密出国し、金日成と会談しました。この出来事を機に、反青は北朝鮮からの活動指示を受けるようになり、1992年3月には「民族民主革命党」へと改編されます。中央委員には金永煥、河永沃、そして朴某の3名が就任し、それぞれが組織の運営を担いました。

民革党は、北朝鮮からの支援を受けながら、情報収集や親北的な統一運動などの対南工作を行なっていましたが、内部では北朝鮮体制への疑問が生じ、路線対立が激化します。金永煥は、北朝鮮体制に懐疑心を抱き、機関紙を通して北朝鮮のイデオロギーを批判するようになります。このことが、民革党内部での路線闘争を激化させ、1997年2月には黄長燁の亡命事件が起こり、民革党指導部は混乱に陥ります。

最終的に、1997年9月に金永煥が民革党の解体を主張したことにより、組織は分裂します。解体に反発した河永沃は、自らが率いる嶺南委員会を中心に組織の再建を試みました。

摘発の経緯：夫婦スパイ事件から民革党の露呈へ

1997年10月、韓国国家安全企画部（安企部）は、夫婦スパイであるチェ・ジョンナムとカン・ギョンジョンを検挙します。この事件は、夫婦が接触を試みた人物が、安企部の謀略と誤解して警察に通報したことがきっかけでした。安企部は捜査の過程で、夫婦が「金永煥の紹介で来た」と述べたことを突き止め、金永煥の自宅を捜索します。

当時、金永煥は中国に滞在していましたが、スパイ検挙の情報を知り、乱数表を隠蔽しようとしました。安企部は、乱数表を発見したことで、金永煥が北朝鮮と連携している疑いを強めましたが、民革党の存在はまだ把握していませんでした。1998年12月には、北朝鮮の半潜水艇が韓国海軍に撃沈され、その引き揚げ作業の結果、民革党再建組織の責任者である河永沃の連絡先などの物証が発見されました。

この物証を元に、国家情報院は民革党の捜査を開始します。捜査の結果、河永沃が北朝鮮工作員と接触していた事実が明らかとなり、河永沃と接触する関係者が次々と特定されていきます。金永煥は、2年の逃亡生活を経て帰国し、当局の捜査を受けましたが、当初は民革党関係者の避難を促すために、スパイ事件は捏造だと主張しました。しかし、このことがきっかけで河永沃が逮捕され、民革党事件が公に捜査されることとなりました。

捜査結果とその後：組織の解体と裁判

国家情報院の捜査により、1987年にマレーシア系華人に偽装して韓国に侵入したスパイ・陳運芳が、金永煥と北朝鮮との連絡役であったことが判明します。また、北朝鮮が金永煥に代わる人物として河永沃を選定し、接触を試みていたことも明らかになりました。河永沃は、1997年に金永煥が民革党を解体しようとした際に反発し、独自に対北接触を模索していました。

金永煥は、民革党の存在について供述しましたが、組織員の捜査には協力的ではありませんでした。一方、河永沃は当初、工作員との接触を認めたものの、後には捜査官による誘導があったと主張し、無罪を訴えました。最終的に、金永煥は転向したことが考慮され、不起訴処分となりましたが、河永沃は国家保安法違反で懲役8年の実刑判決を受けました。ただし、2003年に盧武鉉大統領の恩赦によって釈放されています。

まとめ：民族民主革命党スパイ事件の教訓

民族民主革命党スパイ事件は、北朝鮮の対南工作が、韓国国内の地下組織を通じて行われていたことを示した事件でした。この事件は、組織内部の対立や、摘発に至るまでの複雑な経緯、そして関係者の裁判を通して、現代史における重要な教訓を提示しています。また、この事件は、韓国社会における左翼運動の複雑な側面と、北朝鮮との関係の難しさを浮き彫りにしました。

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