民間伝承における近親相姦

世界中の民間伝承や神話、古今の文学作品において、近親相姦は繰り返し登場するテーマの一つです。単に禁忌を破る行為としてだけでなく、民族や世界の創造、神々の営み、人間の葛藤など、様々な文脈の中で語り継がれてきました。古代からキリスト教中世にかけての民衆本や聖徒伝などにも、そのモチーフはしばしば見られます。

兄妹始祖神話とタブー

特に、民族の起源を兄妹の結婚に求める「兄妹始祖神話」は、北東シベリアなどを中心に広く存在します。これらの伝承は、兄妹（姉弟）間の性的な関係を扱いますが、その中で近親相姦に対する忌避の念が明確に示されるものと、そうではないものがあります。興味深いのは、神々の系譜を語る物語では忌避観念が比較的希薄であるのに対し、人間の氏族や民族の起源を説く兄妹婚伝承では、インセスト・タブーへの意識と強く結びついている傾向が見られる点です。

葛藤の描写と多様な結末

こうした人間起源の伝承の中心には、近親相姦という行為の現実と、文化的なタブーであるインセスト・タブーとの間に生じる葛藤をいかに解決するか、という模索が見られます。例えば、ユカギルの伝承では、両親を失った兄妹が互いに惹かれ合った際、神が現れて二人の関係を咎めようとします。しかし、兄は神と戦い、最終的に神を打ち倒して妹との関係を成就させ、そこから多くの子孫が生まれたと語られます。ここでは、神という権威への反抗を通してタブーを乗り越える、という形で葛藤が描かれています。一方、当事者が心理的な葛藤をほとんど経験せずに近親相姦が行われた場合、動物によってその事実が明らかにされる、といった類型も存在し、兄妹始祖神話は極めて多様な内容を持っています。

各地の事例

世界各地の民間伝承に、近親相姦の具体例が見られます。

ケルト: ドーンの娘アリアンロッドは、弟のグウィディオンとの間に子供をもうける物語があります。
ヘブライ: トバルカインとナアマの兄妹関係から、悪魔であるアスモデウスが生まれたとされる伝承が存在します。
中国: 伏羲と女媧が兄妹でありながら夫婦となったという伝承は古くからあり、二人が体を絡み合わせた図像が残されています。唐代末期には、こうした兄妹夫婦の物語が庶民の間で広く語り継がれていたことが分かっています。
沖縄: 八重山列島の神話では、世界が油雨で滅びた後、洞窟に逃れて生き残った兄妹が夫婦となり、人間の子を産むまでの困難が語られます。最初の子供は魚のような姿で生まれ、これは土地が清められていないためだと考えられたことから、二人は各地を転々とし、ようやく人間らしい子供を授かったとされます。日本の国生み神話におけるイザナギとイザナミからヒルコが生まれた物語も、これと同様の構造を持つ変形説話ではないかという見方もあります。
アフリカ: コートジボワールの伝承には、創造主ともされる蜘蛛エケンデバが自らの娘と関係を持ったという物語があります。
フィンランド: カレワラなどに登場する英雄、トゥイレゥイネンやクッレルヴォは、実の妹との間に近親相姦の関係を持ったと描かれています。
* インドネシア: ライジュア島やサブ島の神話では、民族や集落の祖を兄妹夫婦とする伝承が複数語られています。単なる始祖だけでなく、複数の兄妹が夫婦となる事例も語られるなど、兄妹婚が比較的多様な文脈で描かれています。また、これらの島々には、日本の「おなり神」に類似した信仰があり、姉妹がその兄弟を霊的に守護すると考えられています。特にライジュア島のおなり神信仰のモデルとされるバンニケドと弟のマジャは、姉弟でありながら夫婦であったという説が根強く残っており、ここでも兄妹・姉弟間の関係が重要なテーマとなっています。

このように、民間伝承における近親相姦は、単なるタブー破りとしてではなく、人類の起源、世界の成り立ち、神々の系譜、そして人間の抱える根源的な葛藤や関係性を描き出すための重要なモチーフとして、世界中の多様な物語の中に深く根差しています。

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