水上善治

水上 善治（みずかみ ぜんじ）は、文政11年（1828年）に生まれ、明治31年（1898年）に没した幕末から明治にかけての富山県東礪波郡平村（現在の南砺市）出身の実業家、政治家です。

生家は高草嶺集落の藤井家でしたが、安政3年（1856年）に下梨集落の水上家を継ぎました。当初は善三郎と名乗っていましたが、明治21年（1888年）に善治と改名しています。明治維新によって五箇山を取り巻く状況が一変する中で、水上善治は地域の殖産興業、交通網の整備、文化教育の発展に私財を惜しまず尽力しました。『平村史』では、五箇山の開発と近代化における偉大な先覚者として、その名と功績が不朽であると高く評価されています。

若き日の産業振興

水上善治は18歳の頃から、五箇山の主要産業であった養蚕が振るわない状況を深く憂慮していました。弘化3年（1846年）からは養蚕技術の研究のため、信濃、武蔵、上野、下野、羽前、羽後、陸奥といった各地を巡りました。

嘉永3年（1850年）には上野国群馬郡烏村の田島彌平のもとで蚕の飼育法を学び、そこで生産された高品質な蚕種を持ち帰り、五箇山の有志に無償で分け与えて新たな養蚕の導入を試みました。最初は新品種の扱いに不慣れで収穫が少なかったものの、その後も数年にわたり無償で蚕種を提供し、飼育を奨励した結果、安政元年（1854年）には多くの蚕を育てられるようになりました。

さらに安政2年（1855年）には信濃国の近藤才吉から養蚕法を学び、その製造した蚕種を五箇山に広めました。これにより、わずか数年のうちに多くの養蚕家がこの蚕種を用いるようになり、地域の養蚕業は大きく発展しました。

明治維新後の挑戦

明治維新による幕藩体制の崩壊は、五箇山にも大きな影響を与えました。加賀藩の御用として成り立っていた塩硝や和紙の買い上げがなくなり、住民の生活は困窮しました。こうした状況に対し、水上は旧藩から貸し付けられた産業資本金について、元金を政府に返し、利子を殖利に回して貸し付けるという独自の運用法を提案し、将来の産業振興のための資金を確保しました。

また、長年流刑地であった五箇山では、庄川を渡る手段が限られていましたが、明治維新後はその制限がなくなりました。水上は交通改善を最重要課題と考え、明治6年（1873年）頃から下梨村と嶋村を結ぶ鎖刎橋の架設を計画します。建設費用が高額で資金集めが難航したため、水上は私財を投じて建設を進めました。明治8年（1875年）に橋は完成しましたが、試行錯誤を重ねた新型の鉄鎖釣橋であったため、多額の超過費用が発生しました。水上は一部を立て替えましたが不足が生じ、国庫補助を求めました。一度は却下されたものの、民衆のために私費で架橋した功績が認められ、特別に総経費の一部が補助されました。

しかし、完成した橋は悪天候により度々破損しました。水上はその失敗の原因を詳細に分析し、暴風時に床板を取り外せる構造、主鎖の二段化、門型塔柱上の横梁の二段化といった画期的な改良を設計に盛り込み、橋を再建しました。この改良によって橋の安定性は飛躍的に向上し、その構造は五箇山各地に普及して、地域間の交通事情を大幅に改善することに成功しました。

明治8年（1875年）に地券の改正が行われた際には、下梨村を含む地域を担当し、領界が不明瞭な土地の争論が多発する中で、現地での詳細な調査を重ねることで一つ一つ問題を解決し、集落間の不和解消にも貢献したと伝えられています。

戸長として、議員として

明治11年（1878年）の郡区町村編制法施行後、五箇山地域は一つの連合村となり、明治12年（1879年）に水上善治が戸長に選ばれました。戸長役場は水上が住む下梨村に置かれました。戸長就任後、水上は五箇山で初めての小学校を下梨に建築することを提唱し、自ら資金と労働力を提供して学校を完成させました。

戸長時代を通じて、水上は道路整備にも尽力し、新たな道の開通を実現しました。また、城端方面への道路沿いにあった雪崩防止のための雪持林が、地券改正後に伐採が進み問題となっていたことに対し、県庁に繰り返し陳情を行い、伐採禁止の措置を実現させました。同時期には、養蚕技術の普及を目指して各地に養蚕伝習所を設置しています。

明治15年（1882年）には、養蚕から製糸、機織りまでを一貫して地域内で行える体制を目指し、地域共有資金から資金を借り入れて絹織物業の奨励にも取り組みました。さらに、御用紙としての地位を失い価値が下がっていた五箇山和紙の価格向上を図るため、明治16年（1883年）には五ヶ山製紙会社を設立しました。この会社は短期間で解散しましたが、結果的に五箇山和紙の価格上昇に繋がり、地域住民の利益になったと評価されています。

富山県が石川県から再分離された後、明治17年（1884年）に戸長制度が再編されると、水上は下梨村外四十三カ村連合村会議員、次いで下梨村会議員を務めました。同時期には、地域住民の交流と仏法の教化を目的とした「下梨百人講」を開始し、これが長く続く盛会となりました。

明治19年（1886年）に五箇山でコレラが流行した際には、当時最新の薬品であった石炭酸を入手して防疫活動に奔走し、その費用を寄付するなど、公衆衛生の向上にも貢献しました。

明治20年（1887年）からは、下梨から城端へ向かう新たな道の開修に取り組みました。これまでの険しい山道に代わるこの新道は、後の延長工事を経て五箇山トンネルが開通するまで、地域の交通と物流を支える重要な幹線道路となりました。

晩年の活動と顕彰

明治22年（1889年）の平村発足に先立ち、水上は富山県を代表して中央の意見徴収会議に出席し、大臣と対談するなど、地域行政の確立にも関与しました。この頃には、養蚕業のさらなる発展のため、夏秋蚕や晩秋蚕の飼育を普及させ、桑畑や水田の開墾計画を立て、未開地であった道谷高原の水田化にも着手しました。

明治21年（1888年）には、庄川を利用した運漕会社を組織し、川の障害物を取り除くなどの整備を進め、明治24年（1891年）に水運を開始しました。これは地域特産物の搬出や物資の輸送を効率化する試みでした。

明治26年（1893年）には長年の功績が認められ、緑綬褒章を授与されました。そして、明治31年（1898年）、水上善治は71歳でその生涯を終えました。

彼の死から半世紀以上が過ぎた昭和30年（1955年）には水上善治翁顕彰会が結成され、翌年には記念冊子の発行や銅像の建立が行われるなど、五箇山の近代化に捧げられた彼の偉業は今日まで語り継がれています。

もう一度検索