五箇山和紙

富山県の南西部に位置する、峻険な山々が連なる五箇山地方。この厳しい自然環境の中で、古くから人々の暮らしに寄り添い、脈々と受け継がれてきた伝統工芸品があります。それが、「五箇山和紙」です。素朴でありながらも力強いその紙は、江戸時代には加賀藩の御用紙として用いられ、特に並外れた丈夫さで知られてきました。

厳しい山里で育まれた産業

五箇山地方は耕地に乏しく、農業だけでは生計を立てることが困難でした。そのため、古くから養蚕や火薬の原料となる煙硝の製造、そして製紙業といった家内工業が発達しました。特に冬期間、深い雪に閉ざされる五箇山にとって、製紙業は貴重な現金収入をもたらす重要な産業でした。「冬稼第一の産業」と称されるほど、五箇山の暮らしを支える上で欠かせない存在だったのです。

江戸時代の隆盛と御用紙としての歴史

江戸時代に入ると、五箇山和紙は加賀藩から「御用紙」として認められるようになります。藩の公的な紙として採用されたことで、その生産技術は飛躍的に発展しました。最盛期には五箇山全域の45ヶ村に253軒もの紙漉屋が存在したといいます。加賀藩内には二俣和紙という別の御用紙もありましたが、藩札などに使われた高級な二俣和紙に対し、五箇山和紙はその丈夫さを活かして日常的な用途に広く用いられたようです。

五箇山和紙の品質は加賀藩外にも響き渡り、18世紀の学者、宇野明霞は五箇山和紙を題材にした漢詩を残しています。また、和紙研究家の高田長紀は五箇山和紙を「素朴な内に力強さが溢れ、全く飾り気がなく生地丸出しの美しさが溢れ、僻遠の地五箇山の人情風土が漉き込まれた感がある」と評しています。この評価は、五箇山の自然や人々の気質が和紙に映し出されていることを示唆しています。

現在でも、五箇山和紙の丈夫さ、特に破れにくいという特長は高く評価されています。その特性を活かして、主に文化財の修理や修復を行う際の下張り用紙として、「五箇山の悠久紙」という名で販売されています。

起源と伝承

五箇山和紙の正確な起源を示す記録は残念ながら見つかっていません。しかし、南北朝時代に五箇山に逃れてきた南朝の遺臣たちが、製紙技術を伝えたという伝承があります。具体的には、新田義貞の家臣であった畑時能の一族が、群馬県で知られる小川絹や小川紙の製造法を持ち込んだと語られています。

また、五箇山和紙の製法には、越前和紙の主産地である福井県越前市（旧今立町）五箇の製紙法と多くの類似点が見られることから、越前国から技術が伝えられたとする説は非常に有力視されています。一方で、五箇山に近い地域では鎌倉時代には既に製紙が行われていた記録もあり、南北朝時代より以前から製紙技術が導入されていた可能性も指摘されています。

生産体制の変遷

室町時代末期には、本願寺の蓮如上人が越前国吉崎御坊で布教活動を行った影響で、北陸地方に真宗の教えが急速に広まりました。五箇山でも赤尾道宗という人物が熱心に蓮如に師事し、その活動によって真宗が定着しました。道宗が1501年（文亀元年）に記した内省の記録「道宗覚書二十一か条」は、五箇山で生産された現存する最も古い和紙であると考えられています。この他にも、同時期に五箇山で漉かれたとみられる古い文書がいくつか残されています。

戦国時代を経て、五箇山地方は前田利家の支配下に入ります。文献上で初めて五箇山和紙に言及されたのは、天正年間（1573年〜1592年）に下梨村の市助が前田利家に和紙を献上したという記録です。初期の紙漉屋は特定の地域に集中しており、特に軒数が多かった下梨村から皆葎村にかけての一帯が五箇山和紙の発祥地であった可能性が指摘されています。

加賀藩の御用紙となった五箇山和紙は、生産量の増加とともにその地位を確立していきます。藩は紙の生産・流通を厳格に管理しました。元禄年間には既に、村ごとに生産する紙の種類が定められていた記録があります。藩から村の十村（役人）へ生産量が指示され、漉かれた紙は城端に集められて値付けされ、藩が買い上げて紙漉屋に代金が支払われるという仕組みが確立されていました。この統括のため、享保22年（1734年）頃には野田村に「五ヶ山御仕入紙取集所」という藩の機関が設置され、楮（こうぞ）の管理から製品の集荷、品質検査に至るまで、製紙に関わる一切の業務を統括し、この体制は明治維新まで続きました。

御用紙生産が軌道に乗るにつれて、紙漉屋の数は飛躍的に増加します。特に19世紀前半の天保年間（1830年〜1844年）には、紙漉屋が倍増しました。この急増の背景には、この時期に発生した「天保の大飢饉」がありました。藩は飢饉対策として、楮皮の購入資金や紙漉屋の食料を貸与するなど、製紙業を奨励したのです。さらに、藩は商人による価格操作を防ぐため、楮皮の買い付けと出来上がった紙の取引を藩が一括管理する「天保の楮皮仕法・紙方仕法」を実施しました。これは商人からの反発も招きましたが、和紙生産の安定化に一定の役割を果たしました。

近代以降の試練と現代への継承

明治維新によって藩の体制が崩壊すると、五箇山和紙を取り巻く環境も激変しました。藩による手厚い保護がなくなり、紙漉屋への支援も停止されました。一時的に支援は継続されたものの、藩の機関は廃止され、民間の商業組織が紙の管理を担うことになります。これにより五箇山和紙は市場経済の波にさらされ、商人による安値での買い叩きに苦しむこととなりました。このような状況を憂えた水上善治は、明治16年（1883年）に五箇山製紙会社を設立するなど、近代的な取り組みも生まれました。

第二次世界大戦後には、五箇紙商工業協同組合が設立され、一時的に製紙業に携わる人々が増加しましたが、高度経済成長期に入り生活様式が大きく変化すると、和紙の需要も減少し、紙漉屋の数は再び減少の一途を辿りました。

しかし、こうした厳しい時代を経ても、五箇山和紙の技術と精神は失われることなく現代に引き継がれています。現在も「東中江和紙加工生産組合」や、五箇山和紙の拠点である「一般社団法人五箇山和紙の里（道の駅たいら）」、「農事組合法人五箇山和紙」などが中心となり、伝統的な手漉き和紙の生産を続けています。

厳しい自然の中で生まれ、時代の荒波に揉まれながらも、五箇山和紙は今なおその命脈を保っています。それは、五箇山に生きる人々の粘り強さと、この地で育まれた和紙の持つ確かな力強さの証といえるでしょう。文化財修復に欠かせない存在となった「悠久紙」をはじめ、現代のニーズに応じた新たな製品開発や、若い世代への技術継承も積極的に行われており、五箇山和紙は未来に向けて歩み続けています。

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