水成論

水成論：地球の岩石の起源をめぐる18世紀の論争

18世紀後半、アブラハム・ゴットロープ・ウェルナーによって提唱された水成論は、地球上の岩石の起源を説明する理論として、当時大きな注目を集めました。この理論は、初期の地球が水で覆われており、その海水中で様々な鉱物が結晶化することで岩石が形成されたとするものです。古代ローマの海の神ネプチューンにちなんで英語ではNeptunismと呼ばれ、その支持者はネプツニストと呼ばれました。

ウェルナーは、フライベルク鉱山学校で鉱山検査官および鉱業・鉱物学の教授を務めた人物で、当時最も影響力のある地質学者の一人でした。彼は、岩石の分類を鉱物の種類ではなく、地層の連続性に基づいて行うことを提唱しました。彼の理論では、最も古い地層は花崗岩であり、新しい地層になるほど化石が多く含まれるとされました。また、火山活動による影響も考慮されましたが、岩石の大部分は水による沈殿物から生じたと考えました。

しかし、水成論は、火成論と呼ばれる対立する理論と激しい論争を巻き起こしました。火成論は、岩石が火成活動、つまりマグマの冷却と固結によって形成されると主張する理論です。この理論は、アントン・モーロやジェームズ・ハットンらによって提唱されました。ハットンは、岩石が風化・侵食され、再び熱と圧力によって変成・隆起するという、斉一的な岩石循環の概念を提唱しました。

水成論者と火成論者の間では、玄武岩の起源をめぐる論争が特に激化しました。水成論者は、玄武岩が化石を含む堆積物であると主張した一方、ハットンは、玄武岩は化石を含まず、常に硬質で結晶質であり、地下の溶融岩に由来すると主張しました。ハットンは、玄武岩が他の地層を貫通している証拠を発見し、自身の理論を支持しました。

この論争は科学者の間にとどまらず、当時著名な作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテも水成論を支持しました。ゲーテの代表作『ファウスト』第四幕には、水成論者と火成論者の対話が描かれ、火成論者が悪魔メフィストフェレスとして描かれるなど、ゲーテの暗黙の支持が示されています。

論争は19世紀初頭まで続きましたが、チャールズ・ライエルらの研究により、次第にハットンと火成論者の斉一説が支持されるようになりました。現代の地質学では、火成岩、堆積岩、変成岩など様々な岩石の形成過程が認められており、水成論は完全に否定されています。しかし、堆積岩の形成過程の一部は、水成論で説明されていたものと非常に類似しているため、現代の地質学は、水成論と火成論の両方の要素を取り入れた統合的な理解へと進展しました。

水成論を支持した著名な人物には、ウェルナーの他に、フアン・イグナシオ・モリーナ、ロバート・ジェイムソン、グスタフ・ビショフなどがいます。モリーナはチリの地質を研究し、間接的に水成論を支持しました。ジェイムソンはウェルナーと共に研究し、イギリスにおける水成論の主要な提唱者となりました。ビショフは地球化学の創始者であり、地質学に化学分析を導入しました。

水成論は現在では否定された理論ですが、地球科学史における重要な出来事であり、現代地質学の発展に貢献したことは間違いありません。この論争は、科学的な探求がどのように進展していくのかを示す、貴重な歴史的例となっています。

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