汎テュルク主義

汎テュルク主義：テュルク系民族の統合を目指すイデオロギー

汎テュルク主義は、ユーラシア大陸に広く分布するテュルク系諸民族の共通の言語、文化、歴史を基盤として、政治的、経済的な統合を目指すイデオロギーです。19世紀末のロシア帝国で生まれたとされ、トルコ語では「Türkçülük」、英語では「Pan-Turkism」と呼ばれます。日本語では「汎トルコ主義」とも呼ばれます。

このイデオロギーは、テュルク系民族の結束を強調し、民族間の協力や相互理解を促進することを目的としています。しかし、文脈によっては、イスラム主義や個々のテュルク系民族（トルコ、タタールなど）の民族主義と対立的に用いられる場合もあります。

汎テュルク主義の歴史

汎テュルク主義の起源は19世紀後半のロシア帝国に遡ります。当時、ロシア帝国内のムスリム知識人たちは、近代的な教育を目指すジャディード運動を展開していました。識字率向上や出版振興を通して、母語への関心が高まり、宗教的な共同体意識に加え、テュルク人としての民族意識も芽生え始めました。

ロシア帝国政府は、この民族意識の高まりを警戒し、弾圧しました。例えば、『テルジュマン』紙の主幹であるイスマイル・ガスプリンスキーらは、「トルコのスパイ」として糾弾されました。

一方、オスマン帝国では1908年の青年トルコ人革命後、スルタン・アブデュルハミト2世が失脚しました。アブデュルハミト2世はカリフとしての宗教的権威を強調することで帝国の威信を維持しようとしていましたが、彼の失脚後、ウンマ（イスラム共同体）の統一性よりもテュルク人としての民族意識を重視する主張が台頭しました。

多くのタタール人ナショナリストがロシアから亡命し、オスマン帝国では汎テュルク主義が大きな思想潮流となりました。エンヴェル・パシャのような人物も、この思想に影響を受けました。しかし、第一次世界大戦での敗北後、アナトリアでのテュルク系民族統一の試みは失敗に終わり、その後、彼はバスマチ運動に参加することになります。

1923年のローザンヌ条約によりトルコの領土がアナトリアを中心とした地域に限定されると、ケマル・アタチュルク政権はアナトリアを基盤としたトルコ民族主義を重視するようになり、汎テュルク主義は弾圧されるようになりました。

トルコでは、言語純化運動も盛んに行われ、オスマン語から外来語を排除し、「本来のトルコ語」の復活を目指しました。トルコ言語協会やトルコ歴史協会が設立され、言語学や考古学の観点から、トルコ民族主義が積極的に推進されました。「太陽言語説」のような政治的神話も流布しましたが、トルコ国外のテュルク系民族への政治的影響は限定的でした。

ソ連でも、汎テュルク主義は弾圧の対象となり、1920年代以降、多くのテュルク系幹部が「汎テュルク主義者」として粛清されました。第二次世界大戦中には、ドイツがソ連領内のテュルク系民族の離反工作に汎テュルク主義を利用しようとしましたが、成功しませんでした。

近年の状況

ソ連崩壊後、中央アジア諸国が独立すると、トルコは経済援助を行い、キリル文字からラテン文字への転換など、テュルク系民族の一体性を強調する動きも見られました。しかし、旧ソ連諸国の政治制度は共和国という単位に強く枠付けられており、反体制派のイデオロギーもイスラム主義へと移行しつつあるため、汎テュルク主義の政治的復興は難しいとされています。

まとめ

汎テュルク主義は、歴史的・文化的背景を持つ複雑なイデオロギーです。民族統合という理想と、現実政治の制約との間で揺れ動いてきた歴史を持ち、現在もその影響は様々な形で見ることができます。今後の展開は、中央アジア諸国の政治情勢や、トルコと周辺諸国との関係性の変化に大きく左右されるでしょう。

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