沢モリノ

澤モリノ

澤モリノ（さわ もりの）は、明治から昭和初期にかけて活躍した日本の舞踏家です。本名を深澤千代（ふかさわ ちよ）といい、一時は澤美千代（さわ みちよ）の芸名も用いました。日本の大衆芸能史において特筆される「浅草オペラ」の黄金期を彩った花形ダンサーとして知られ、短いながらも波乱に満ちた生涯を送りました。

生い立ちと教育

澤モリノは、1890年（明治23年）3月19日に深澤千代として生まれました。父・深澤登代吉と母たけ子は、ともに当時の最高峰の音楽教育機関であった東京音楽学校（現在の東京芸術大学音楽学部）の出身という、音楽にゆかりの深い家庭に育ちました。公式な出生地はアメリカ合衆国カリフォルニア州ニューヨーク（一部資料ではサンフランシスコとも）とされていますが、遺族の証言からは、父の故郷である群馬県前橋市生まれの可能性も指摘されています。

幼少期は、父の仕事の関係で富山県や滋賀県など各地を転々としながら、経済的に恵まれた環境で過ごしました。しかし、11歳を迎える頃に東京へ移り住んだ直後、父を亡くすという不幸に見舞われます。その後は叔父に引き取られ、東京女子師範学校附属高等女学校（現：お茶の水女子大学附属高等学校）に進学しました。この頃から、学業と並行してダンスを習い始め、舞踏への道を歩み始めます。

舞台への道と活躍

1911年（明治44年）、21歳になった澤モリノは、帝国劇場歌劇部の第一期生募集に応募します。当初は応募に間に合わず、二期生として養成される予定でしたが、彼女の持つ歌唱力、ダンスの才能、そして舞台映えする華やかな容姿が評価され、急遽、第一期生として抜擢されることとなりました。この時、彼女は本名の「千代」と2歳下の妹「美代」の名を組み合わせた「澤美千代」という芸名を名乗ります。

帝国劇場では、招聘されたイタリア人オペラ指導者ジョヴァンニ・ヴィットーリオ・ローシーの指導を受け、その才能をさらに開花させます。1915年（大正4年）、ローシーの勧めもあり、芸名を「澤モリノ」と改めました。この帝国劇場時代には、劇場のバイオリニストであった小松三樹三と結婚しています。

1917年（大正6年）には、帝国劇場出身の舞踏家・石井漠らと共に「東京歌劇座」を結成し、浅草公園六区にあった日本館で公演を行います。浅草オペラが隆盛を極めるこの時代、澤モリノはダンサーとして絶大な人気を誇り、河合澄子と並び称されるスターとなりました。東京歌劇座解散後も、石井漠が率いる「オペラ座」や、自身の「澤モリノ一座」を率いて、浅草オペラ界の中心人物として活動を続けました。

浅草オペラの人気が下火になった後も、澤モリノは舞台活動を続けました。1930年（昭和5年）には、浅草六区の玉木座で旗揚げされたレヴュー団「プペ・ダンサント」に参加するなど、新しい大衆芸能の形にも意欲的に取り組みました。

突然の最期

1933年（昭和8年）3月からは、一座を率いて満州方面への巡業に出ます。同年5月14日、巡業先の日本統治時代の朝鮮（現在の朝鮮民主主義人民共和国にあたる地域）で、澤モリノは突然倒れ、その生涯を閉じました。

当時のマスコミは、劇場で『瀕死の白鳥』を踊っている最中に舞台上で倒れ絶命したという劇的な最期を伝えましたが、これは脚色されたものでした。実際は、劇場の近くの宿泊施設の一室で、心臓麻痺により急逝したとされています。享年43歳でした。彼女の墓所は、東京都府中市にある多磨霊園にあります。

澤モリノの舞台活動は、時期によって以下のように区分されています。

1911年（明治44年） - 1917年（大正6年）5月：帝国劇場歌劇部時代
1917年（大正6年）6月 - 1920年（大正9年）4月：浅草オペラ時代・前半
1920年（大正9年）5月 - 1929年（昭和4年）：浅草オペラ時代・後半
1930年（昭和5年）11月 - 1933年（昭和8年）2月：浅草レヴュー時代
* 1933年（昭和8年）3月 - 5月：満州巡業

澤モリノは、日本の近代舞踊が形成される過渡期において、オペラやレヴューといった大衆的な舞台芸術の場で活躍し、多くの観客を魅了しました。その革新的なダンススタイルは、当時のモダン・ダンスの隆盛とも関連しており、日本の近代芸能史に確かな足跡を残しました。彼女の生涯は短かったものの、その情熱的な舞台姿は、浅草オペラの輝きと共に今も語り継がれています。

もう一度検索