浅草オペラ

浅草オペラとは

浅草オペラは、1917年から1923年の関東大震災まで、東京の浅草を中心に展開されたオペラ、オペレッタ、およびそれらに関連するムーブメントの総称です。作曲家の佐々紅華、興行師の根岸吉之助、ダンサーの高木徳子らが中心となり、大正時代の一大ブームを巻き起こしました。第一次世界大戦後の好景気を背景に、日本におけるオペラや西洋音楽の大衆化に大きく貢献しました。

浅草オペラの歴史

黎明期

1916年、アメリカで活動していたダンサーの高木徳子が「世界的バラエチー一座」を旗揚げし、浅草の劇場で公演を行ったことが、浅草オペラの始まりとされています。この公演はアメリカのボードビル形式でしたが、その成功が浅草オペラへの道を開きました。

一方、帝国劇場（帝劇）では1911年からオペラが上演されていましたが、1916年に洋劇部が解散し、所属していた人々は活動の場を失いました。高木は自身の劇団を解散後、帝劇のメンバーとともに「歌舞劇協会」を結成し、1917年1月に浅草の常磐座でオペラ『女軍出征』を上演、大ヒットを記録しました。これが「浅草オペラの時代」の幕開けとなりました。

全盛期

帝劇で指導していたイタリア人演出家ローシーは、赤坂にオペラ劇場「ローヤル館」を設立しましたが、1年あまりで解散しました。その後、東京蓄音器（後の日本コロムビア）の音楽プロデューサー佐々紅華が「東京歌劇座」を結成し、浅草の劇場でオペラ公演を開始しました。佐々は作詞、作曲も手がけ、石井漠、杉寛、沢モリノ、河合澄子などの才能あるメンバーが集いました。また、解散したローヤル館のメンバーも合流し、オッフェンバックの『天国と地獄』などが人気を博しました。

さらに、原信子が自身の歌劇団を設立し、浅草の劇場で公演を行いました。その後、田谷力三が佐々の「東京歌劇座」に加入し、清水夫妻、藤原義江らと共に「七声歌劇団」を結成し、公演を行いました。

松竹も浅草オペラに参入し、「新星歌舞劇団」を設立しました。しかし、中心人物の一人であった高木徳子が1920年に亡くなり、藤原義江がイタリアに留学するなど、多くの動きがありました。

根岸歌劇団の時代

1920年、根岸吉之助が松竹から「新星歌舞劇団」の幹部を引き抜き、「根岸大歌劇団」を結成しました。この劇団はオペラ『釈迦』などを上演し、二村定一も初舞台を踏みました。根岸大歌劇団は「グランドオペラ」を自称し、浅草オペラは「金龍館」に集中しました。「金龍館」は大規模な改築工事を経て再開し、1922年にはビゼーの『カルメン』を初演、榎本健一がデビューしました。ヴェルディの『椿姫』も人気を集めました。

浅草オペラの特徴

浅草オペラは、帝劇でのオペラとは異なり、大衆的なものでした。入場料が安く、多くの人々が気軽に楽しむことができました。「ペラゴロ」と呼ばれる熱狂的なファンも存在し、公演は常に活気に満ち溢れていました。特に、「東京歌劇座」結成以降は、沢モリノ、河合澄子という2大スターの人気が絶大で、観客の歓声でセリフが聞こえないほどでした。

浅草オペラを愛好した青少年の中には、宮沢賢治、小林秀雄、今日出海、徳川夢声、東郷青児、川端康成らがいました。宮沢賢治は、浅草オペラに影響を受けた作品を創作しています。

浅草オペラの終焉とその後

1923年9月1日の関東大震災により、浅草は壊滅的な被害を受け、劇場や舞台装置が失われました。これにより、浅草オペラの公演は困難となり、1924年に「根岸大歌劇団」が解散しました。その後、浅草オペラは衰退し、1925年の『オペラの怪人』上演を最後に姿を消しました。

しかし、浅草オペラの精神は、レビューや軽演劇に引き継がれ、榎本健一らの「カジノ・フォーリー」や古川緑波らの「笑の王国」が生まれました。また、浅草オペラの文化は、佐々木千里が新宿に開いた「ムーランルージュ新宿座」に受け継がれました。

2005年には、佐々の甥が主宰する「東京歌劇座」が80年ぶりに復活上演を行いました。

主なオペラ・オペレッタ作品

浅草オペラでは、様々なオペラやオペレッタが上演されました。以下はその一部です。

伊庭孝『女軍出征』
オッフェンバック『天国と地獄』
アイヒベルク『アルカンタラの医者』
リヒャルト・シュトラウス『サロメ』
伊庭孝『無頼漢、戦争の始終』
『釈迦』（作詞伊庭孝、作曲竹内平吉）
『嫁の取引』
ビゼー『カルメン』
ヴェルディ『椿姫』
オッフェンバック『ジェロルスタン女大公殿下』（通称『ブン大将』）
『オペラの怪人』
佐々紅華『カフェーの夜』
スッペ『ボッカチオ』
ヴェルディ『リゴレット』
オベール『フラ・ディアヴォロ』
シャルル・ルコック『アンゴー夫人の娘』
ロベール・プランケット『コルヌヴィルの鐘』

浅草オペラの音楽

浅草オペラの楽曲は、西洋音楽をベースにしつつも、日本の大衆文化に合わせたアレンジが加えられました。『コロッケの唄』は、その代表的な例です。また、オーケストラは小編成で、ピアノの澤田柳吉は燕尾服を脱ぎ捨て印半纏で演奏するなど、型にはまらない自由なスタイルが特徴でした。

当時のオーケストラは、山田耕筰や近衞秀麿のような高度な演奏技術には及ばなかったものの、大衆が気軽に楽しめるような親しみやすい音楽を提供していました。

浅草オペラでは、クラシック音楽の有名な楽曲も、大衆的な歌詞やアレンジが加えられて親しまれました。たとえば、『カルメン前奏曲』には「チャンチャラオカシヤ」という歌詞がつけられ、親しまれました。

浅草オペラの関連項目

浅草公園六区
根岸興行部
根岸吉之助
根岸大歌劇団
大正ロマン
大正デモクラシー
バンドマン喜歌劇団

まとめ

浅草オペラは、大正時代に浅草で花開いた大衆文化です。オペラやオペレッタを大衆に浸透させ、多くの人々を魅了しました。その後の日本の演劇、音楽にも大きな影響を与えた浅草オペラの歴史は、日本の文化史において重要な位置を占めています。

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