沢井余志郎

沢井余志郎：公害と闘い、記録し続けた生涯

沢井余志郎（さわい よしろう）は、1928年（昭和3年）8月3日、静岡県浜松市周辺の雄踏町に生まれ、2015年（平成27年）12月16日にその生涯を閉じました。三重県四日市市を拠点に、反公害記録家として、また東亜紡織株式会社の企業内文学者として、その名を刻みました。弟は映画監督の澤井信一郎です。

東亜紡織での文化活動と挫折

高等小学校卒業後、浜松工業学校（現在の静岡県立浜松工業高等学校）紡織学科で紡績産業と繊維工業の技術を学んだ沢井は、繊維業界での活躍を夢見て、東亜紡織（後のトーア紡コーポレーション）に入社。泊工場の染織部門に配属され、その責任者を務めました。

1949年（昭和24年）には、工場の労働者たち、特に若い女性労働者（女工）たちの文化活動を支援するため、音楽、演劇、文学、映画の各サークルを工場内に設立。「生活を記録する会」を発足させ、無着成恭の『山びこ学校』に触発され、女工たちの生活記録を始めました。この会は後に労働文学サークル「労働文学山びこ学校」として知られるようになります。多くの女工たちは農村の貧困家庭出身で、中学卒業後「金の卵」として工場に就職しており、沢井は彼女たちの悩み相談にも応じていました。仕事、経済、教育、男女問題など、幅広い悩みを聞き、貧困問題、経済構造、資本主義と社会主義といった社会的なテーマについても語り合いました。

彼らの活動は文集『私の家』、『私のお母さん』、『母の歴史』、『新しい愛情』の発行や、創作劇『明日を紡ぐ娘たち』の上演へと発展しました。これらの作品は無着成恭、清水幾太郎といった知識人や、木下順二、鶴見和子、野間宏といった文化人から高い評価を受け、大きな注目を集めました。特に、1954年に『母の歴史―日本の女の一生』、1956年に「仲間のなかの恋愛」が河出書房から出版されたことで、全国的に名を知られることとなりました。しかし、これらの文化活動が、東亜紡績の経営陣の反感を買い、沢井は解雇されることになります。

反公害運動への転身

1954年（昭和29年）に東亜紡績を解雇された沢井は、解雇無効訴訟を起こしながら、四日市の地区労事務所で働き始めました。そして1963年（昭和38年）に始まった四日市ぜんそくを中心とする反公害運動に身を投じることとなります。

1966年（昭和41年）、四日市ぜんそくで苦しみ自殺した患者の追悼集会での元漁協組合長の言葉が、沢井を公害問題に深く関わるきっかけとなりました。「公害患者の苦しみを知っているのか」という言葉に衝撃を受け、カメラと録音機を手に、三重県立塩浜病院に通い、患者たちの苦しみを目にしました。その光景に衝撃を受けた沢井は、「四日市公害の歴史を記録する」と決意しました。

1968年（昭和43年）には「四日市公害を記録する会」を設立し、1971年（昭和46年）には「四日市公害と戦う市民兵の会」に加入して、四日市ぜんそく患者の支援活動に尽力しました。2007年（平成19年）には『四日市公害市民運動記録集』全4巻を編集・刊行し、公害の記録を後世に伝えようとしました。

沢井は、公害の最も被害が大きかった塩浜地区の漁師町である磯津地区を重点的に取材しました。当初は住民から警戒されましたが、塩浜病院での患者たちの苦しみを目の当たりにしたことで、公害問題への怒りが燃え上がりました。

1980年（昭和55年）、かつての「生活を記録する会」のメンバーたちが四日市を訪れ、「四日市の環境が激変し、伊勢湾も汚染されてしまった」と語ったことに、沢井は大きな衝撃を受けました。そして、1984年（昭和59年）には、自身の編集による『くさい魚とぜんそくの証文 公害四日市の記録文集』を出版しました。鶴見和子と田尻宗昭が序文を寄せたこの書籍には、四日市公害で苦しむ漁民の記録や、四日市ぜんそく患者、政治家、企業関係者の生の声が収められており、貴重な資料となっています。

記録者としての情熱と遺産

沢井は四日市公害裁判において原告全員が揃った唯一の写真を撮影した人物でもあります。四日市公害のすべてを知る人物として新聞記者から認められ、公害の記録を続けたその情熱は、多くの人々に感動を与えました。労働運動家で親友の田尻宗昭は沢井を「四日市公害が生んだ歴史的遺産」と絶賛しました。

晩年も、沢井は全国の大学生や市民に対して反公害教育を行う語り部として活動し、2011年（平成23年）には、東海テレビ制作のドキュメンタリー『青空どろぼう』の主演を務めました。

沢井余志郎は、その生涯を通じて、労働者の文化活動、そして公害問題という二つの重要な社会問題に深く関わり、その記録と発信に情熱を注ぎました。彼の残した数々の記録や証言は、現代社会においても、重要な教訓として語り継がれるでしょう。

主な著書

『くさい魚とぜんそくの証文―公害四日市の記録文集』（はる書房、1984年）
『紡績女子工員生活記録集』（全7巻、日本図書センター、2002年）
『「四日市公害」市民運動記録集』（全4巻、日本図書センター、2007年）

関連項目

東亜紡織（元勤務先）
四日市ぜんそく（支援活動をした四日市市で発生した公害病）
四日市公害と環境未来館

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