河崎裕之
河崎裕之（かわさき ひろゆき）は、1945年10月31日に京都府で生まれた、日本の元モーターサイクルレーシングライダーです。彼は選手としての輝かしい経歴に加え、二輪メーカーのマシン開発にも深く携わり、日本のモータースポーツ史において重要な足跡を残しました。
幼い頃から自宅が自動車整備工場だった環境で育ち、機械いじりに親しみました。14歳で50ccの免許を取得すると、高校時代には解体屋から入手したフレームやエンジンなどの部品を自ら溶接して動くバイクを作り上げ、それに乗って遠出するようになりました。この経験から溶接技術を習得すると共に、バイクという乗り物の楽しさに目覚めます。当時建設されたばかりの鈴鹿サーキットで開催された第1回鈴鹿モトクロス大会に出場するなど、当初はモトクロス競技に熱中していました。この頃からの交友関係には、後にRSタイチを創設する吉村太一氏や、「日本一速い男」として知られるレーシングドライバーの星野一義氏らがいます。河崎氏は1965年にスズキとモトクロスライダーとして契約を結びます。
ロードレースへの転向は、吉村太一氏が参戦する6時間耐久ロードレースにメカニックとして帯同したことがきっかけでした。それまでロードレースに強い関心はなかったものの、レース後に遊びで50ccマシンに乗ったところ、その面白さに衝撃を受けます。当初はスズキから危険性を理由に参戦許可が得られませんでしたが、MFJ中部地区からの要請もあり、特別に許可が下りました。初めてのロードレースとなったMFJ中部地区の50ccクラスでいきなり優勝という結果を残すと、これを見たスズキは河崎氏をロードレース部門へと転向させることを決めます。1967年の世界選手権日本GP併催レースへの参戦が決まった際、当時のジュニアクラスのレギュレーションが市販車ベース車両に限られていたため、河崎氏は自らスズキ・セルペットを改造したレーサーを製作します。市販レーサーの部品を組み込むために自身で部品を加工するなど、工夫を凝らした手作りのマシンで見事優勝。当時19歳での快挙でした。モトクロスの泥臭さとは異なる、ロードレースのスピード感やスマートさに魅了されていった河崎氏ですが、翌年以降は研究部門に移り、伊藤光夫氏らと共に市販車のテスト業務が主な仕事となります。レース出場機会は限られましたが、1966年の日本選手権90ccクラスで5位、1967年の世界選手権日本GP50ccクラスで3位に入賞。この時期には、日本のモータースポーツ黎明期を支えた大先輩である片山義美氏から多くの助言を受け、「とてもいい勉強になった」と後に語っています。
1968年、スズキが世界GPから撤退したことにより、河崎氏も同社を退職します。この時、スズキ時代の先輩である小島松久氏（後にコジマエンジニアリングを設立）の計らいにより、希望していたヤマハへの移籍が急遽実現。「本当にびっくりしましたねあの時は」「とても周囲の人に恵まれた人生」と語るように、予期せぬ形でキャリアの転機が訪れました。ヤマハ移籍後はまず市販車の耐久テストを担当し、悪天候の中でも長時間走行を続けるなど開発を支えました。その後、YZR OW20などのプロトタイプ開発にも携わり、本橋明泰氏からマシン開発に関する多大な影響を受けます。一方、レースへの強い思いから、同年夏にはプライベーターとしてヤマハの125cc市販車R5に市販レーサーTR6の部品を組み込んだ改造マシンを製作。高井幾次郎氏とのペアで耐久レースへの参戦を目指し事前テストを行っていましたが、その最中に他車のアクシデントに巻き込まれクラッシュ。全治10ヶ月という複雑骨折を負う大怪我を喫してしまいます。
長期間の療養を経て、河崎氏は1969年10月の全日本ロードレース選手権で戦列に復帰。復帰初戦となったセニア125ccクラスで優勝という劇的なカムバックを果たします。翌1970年には全日本ロードレース選手権セニア251cc以上クラスで見事チャンピオンを獲得し、日本のトップライダーとしての地位を不動のものとしました。その後も国内外で活躍を続け、1976年、1977年にはインドネシアGPで優勝するなど、国際的な舞台でもその速さを見せつけました。
1977年、河崎氏は古巣であるスズキにライダー兼開発者として復帰します。ここでは、前年にバリー・シーン選手が世界チャンピオンを獲得したWGP500ccマシン、RG500などのレーサー開発を担うことになりました。スズキでの最大の目標は、当時世界GPで圧倒的な強さを誇っていたヤマハとケニー・ロバーツを打倒することでした。河崎氏自身が開発の中心的役割を担った新型マシン、RG-Γ500がGPデビューを果たした1981年のWGP開幕戦オーストリアGPには、スポット参戦ながら自身も出場し3位に入賞。このレースでは、優勝のランディ・マモラ選手、2位のグレーム・クロスビー選手、そして河崎氏と、上位3台すべてが新開発のRG-Γを駆るライダーであり、マシンの高い戦闘力と河崎氏の開発手腕が見事に証明されました。RG-Γはその後も快進撃を続け、1981年、1982年とスズキに世界GP500ccクラスのライダーズチャンピオンシップを2年連続でもたらし、打倒ヤマハ・ロバーツという目標を見事に達成しました。自身の開発したマシンが世界の頂点に立ったことについて、「最高のクルマになった」「自分の考えてきた事はたしかに間違ってなかったなと実感できて嬉しかった」と喜びを語っています。
1983年からは再びヤマハへ移籍。YZR500の開発ライダーを務めながら、全日本選手権にも参戦を続けました。また、自らのチームであるプレイメイトレーシングの代表としても活動しました。この時期のヤマハでの任務は、台頭してきたホンダのNSとフレディ・スペンサーに対抗し、ケニー・ロバーツに再び世界チャンピオンを獲得させるマシンを開発することでした。1983年の世界GPはスペンサー選手がチャンピオンを獲得し、ヤマハは惜しくもタイトルを逃しましたが、河崎氏は翌1984年シーズンに向けて開発を進めたYZR500（OW76）の出来栄えに絶対的な自信を持っていました。当時、ロバーツ選手が1983年限りでの引退を示唆した際には、「辞めないでくれ」「84年のYZRはラクに勝てるマシーンだから」と強く引き留めを懇願したほどでした。ロバーツ選手の引退後、OW76を駆ることになったエディ・ローソン選手が1984年の世界GP500ccクラスチャンピオンを獲得。河崎氏は、ローソン選手がYZRの性能を最大限に引き出したことを高く評価し、「エディはもっと自信持って良いですよ。YZRがとてもいいマシンになったのは彼の力でもあります」と述懐しています。
1986年にヤマハで共に開発ライダーを務めた浅見貞男氏が引退。河崎氏もまた、1988年4月に行われた全日本ロードレース選手権第4戦鈴鹿を最後に現役引退することを表明しました。引退レースとして、自身が最も好きなサーキットである鈴鹿を選び、そこで5位入賞という成績を残し、有終の美を飾りました。ヤマハの500ccレーサー開発の任務は、後輩である平忠彦氏へと引き継がれました。現役引退後も、河崎氏はプレイメイトレーシングの監督として全日本選手権でチームを指揮するなど、現場に携わり続けました。2000年代以降もヤマハのレーシングアドバイザーとして長年にわたり、日本の二輪レース界の発展に貢献しています。
河崎裕之氏は、自らの手でバイクを作り上げることから始まった情熱を胸に、ライダーとして、そして開発者として世界の頂点を目指しました。特にスズキとヤマハにおけるマシン開発における貢献は大きく、現代のレーシングマシンの礎を築いた一人と言えるでしょう。
主なレース戦績
1967年 世界GP日本GP 50ccクラス 3位
1970年 全日本ロードレース選手権 セニア251cc以上クラス チャンピオン
1976年 インドネシアGP 優勝
1977年 インドネシアGP 優勝
* 1981年 世界GPオーストリアGP 500ccクラス 3位
幼い頃から自宅が自動車整備工場だった環境で育ち、機械いじりに親しみました。14歳で50ccの免許を取得すると、高校時代には解体屋から入手したフレームやエンジンなどの部品を自ら溶接して動くバイクを作り上げ、それに乗って遠出するようになりました。この経験から溶接技術を習得すると共に、バイクという乗り物の楽しさに目覚めます。当時建設されたばかりの鈴鹿サーキットで開催された第1回鈴鹿モトクロス大会に出場するなど、当初はモトクロス競技に熱中していました。この頃からの交友関係には、後にRSタイチを創設する吉村太一氏や、「日本一速い男」として知られるレーシングドライバーの星野一義氏らがいます。河崎氏は1965年にスズキとモトクロスライダーとして契約を結びます。
ロードレースへの転向は、吉村太一氏が参戦する6時間耐久ロードレースにメカニックとして帯同したことがきっかけでした。それまでロードレースに強い関心はなかったものの、レース後に遊びで50ccマシンに乗ったところ、その面白さに衝撃を受けます。当初はスズキから危険性を理由に参戦許可が得られませんでしたが、MFJ中部地区からの要請もあり、特別に許可が下りました。初めてのロードレースとなったMFJ中部地区の50ccクラスでいきなり優勝という結果を残すと、これを見たスズキは河崎氏をロードレース部門へと転向させることを決めます。1967年の世界選手権日本GP併催レースへの参戦が決まった際、当時のジュニアクラスのレギュレーションが市販車ベース車両に限られていたため、河崎氏は自らスズキ・セルペットを改造したレーサーを製作します。市販レーサーの部品を組み込むために自身で部品を加工するなど、工夫を凝らした手作りのマシンで見事優勝。当時19歳での快挙でした。モトクロスの泥臭さとは異なる、ロードレースのスピード感やスマートさに魅了されていった河崎氏ですが、翌年以降は研究部門に移り、伊藤光夫氏らと共に市販車のテスト業務が主な仕事となります。レース出場機会は限られましたが、1966年の日本選手権90ccクラスで5位、1967年の世界選手権日本GP50ccクラスで3位に入賞。この時期には、日本のモータースポーツ黎明期を支えた大先輩である片山義美氏から多くの助言を受け、「とてもいい勉強になった」と後に語っています。
1968年、スズキが世界GPから撤退したことにより、河崎氏も同社を退職します。この時、スズキ時代の先輩である小島松久氏（後にコジマエンジニアリングを設立）の計らいにより、希望していたヤマハへの移籍が急遽実現。「本当にびっくりしましたねあの時は」「とても周囲の人に恵まれた人生」と語るように、予期せぬ形でキャリアの転機が訪れました。ヤマハ移籍後はまず市販車の耐久テストを担当し、悪天候の中でも長時間走行を続けるなど開発を支えました。その後、YZR OW20などのプロトタイプ開発にも携わり、本橋明泰氏からマシン開発に関する多大な影響を受けます。一方、レースへの強い思いから、同年夏にはプライベーターとしてヤマハの125cc市販車R5に市販レーサーTR6の部品を組み込んだ改造マシンを製作。高井幾次郎氏とのペアで耐久レースへの参戦を目指し事前テストを行っていましたが、その最中に他車のアクシデントに巻き込まれクラッシュ。全治10ヶ月という複雑骨折を負う大怪我を喫してしまいます。
長期間の療養を経て、河崎氏は1969年10月の全日本ロードレース選手権で戦列に復帰。復帰初戦となったセニア125ccクラスで優勝という劇的なカムバックを果たします。翌1970年には全日本ロードレース選手権セニア251cc以上クラスで見事チャンピオンを獲得し、日本のトップライダーとしての地位を不動のものとしました。その後も国内外で活躍を続け、1976年、1977年にはインドネシアGPで優勝するなど、国際的な舞台でもその速さを見せつけました。
1977年、河崎氏は古巣であるスズキにライダー兼開発者として復帰します。ここでは、前年にバリー・シーン選手が世界チャンピオンを獲得したWGP500ccマシン、RG500などのレーサー開発を担うことになりました。スズキでの最大の目標は、当時世界GPで圧倒的な強さを誇っていたヤマハとケニー・ロバーツを打倒することでした。河崎氏自身が開発の中心的役割を担った新型マシン、RG-Γ500がGPデビューを果たした1981年のWGP開幕戦オーストリアGPには、スポット参戦ながら自身も出場し3位に入賞。このレースでは、優勝のランディ・マモラ選手、2位のグレーム・クロスビー選手、そして河崎氏と、上位3台すべてが新開発のRG-Γを駆るライダーであり、マシンの高い戦闘力と河崎氏の開発手腕が見事に証明されました。RG-Γはその後も快進撃を続け、1981年、1982年とスズキに世界GP500ccクラスのライダーズチャンピオンシップを2年連続でもたらし、打倒ヤマハ・ロバーツという目標を見事に達成しました。自身の開発したマシンが世界の頂点に立ったことについて、「最高のクルマになった」「自分の考えてきた事はたしかに間違ってなかったなと実感できて嬉しかった」と喜びを語っています。
1983年からは再びヤマハへ移籍。YZR500の開発ライダーを務めながら、全日本選手権にも参戦を続けました。また、自らのチームであるプレイメイトレーシングの代表としても活動しました。この時期のヤマハでの任務は、台頭してきたホンダのNSとフレディ・スペンサーに対抗し、ケニー・ロバーツに再び世界チャンピオンを獲得させるマシンを開発することでした。1983年の世界GPはスペンサー選手がチャンピオンを獲得し、ヤマハは惜しくもタイトルを逃しましたが、河崎氏は翌1984年シーズンに向けて開発を進めたYZR500（OW76）の出来栄えに絶対的な自信を持っていました。当時、ロバーツ選手が1983年限りでの引退を示唆した際には、「辞めないでくれ」「84年のYZRはラクに勝てるマシーンだから」と強く引き留めを懇願したほどでした。ロバーツ選手の引退後、OW76を駆ることになったエディ・ローソン選手が1984年の世界GP500ccクラスチャンピオンを獲得。河崎氏は、ローソン選手がYZRの性能を最大限に引き出したことを高く評価し、「エディはもっと自信持って良いですよ。YZRがとてもいいマシンになったのは彼の力でもあります」と述懐しています。
1986年にヤマハで共に開発ライダーを務めた浅見貞男氏が引退。河崎氏もまた、1988年4月に行われた全日本ロードレース選手権第4戦鈴鹿を最後に現役引退することを表明しました。引退レースとして、自身が最も好きなサーキットである鈴鹿を選び、そこで5位入賞という成績を残し、有終の美を飾りました。ヤマハの500ccレーサー開発の任務は、後輩である平忠彦氏へと引き継がれました。現役引退後も、河崎氏はプレイメイトレーシングの監督として全日本選手権でチームを指揮するなど、現場に携わり続けました。2000年代以降もヤマハのレーシングアドバイザーとして長年にわたり、日本の二輪レース界の発展に貢献しています。
河崎裕之氏は、自らの手でバイクを作り上げることから始まった情熱を胸に、ライダーとして、そして開発者として世界の頂点を目指しました。特にスズキとヤマハにおけるマシン開発における貢献は大きく、現代のレーシングマシンの礎を築いた一人と言えるでしょう。
主なレース戦績
1967年 世界GP日本GP 50ccクラス 3位
1970年 全日本ロードレース選手権 セニア251cc以上クラス チャンピオン
1976年 インドネシアGP 優勝
1977年 インドネシアGP 優勝
* 1981年 世界GPオーストリアGP 500ccクラス 3位
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