油屋熊八

油屋熊八：別府温泉観光の父

油屋熊八(1863-1935)は、愛媛県宇和島市出身の実業家であり、別府温泉の観光開発において計り知れない功績を残した人物です。裕福な米問屋の家に生まれた熊八は、家業を継ぎ、宇和島町議を務めた後、大阪に出て米相場で財を成しました。しかし、日清戦争後に相場の大暴落に見舞われ、全財産を失うという苦境を経験します。

その後、熊八は新たな人生の転機を迎えました。別府に移住し、1911年、「旅人を懇ろにせよ」という聖書の言葉を胸に、亀の井旅館を創業しました。これは単なる旅館業ではなく、熊八の情熱とサービス精神を体現する事業の始まりでした。

熊八の旅館経営は、これまでの常識を覆すものでした。まず、当時の旅館では一般的だった酒類の提供を、当初は一切行いませんでした。クリスチャンであった熊八は禁酒を貫き、森永太一郎氏といった著名人からの注文にも毅然と拒否したほどです。しかし、後に客からの要望を受け、清酒・ビールを少量提供するようになりました。

熊八の真価は、旅館経営にとどまりません。彼は、別府温泉の観光開発に情熱を注ぎ込み、数々の革新的な事業を展開しました。その中には、以下のようなものが挙げられます。

別府港への汽船接岸桟橋の建設: 大阪商船と交渉し、危険なはしけでの上陸を必要としない桟橋を実現させました。
キャッチフレーズの考案と全国宣伝: 「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを考案し、全国各地に標柱を建てて別府温泉を宣伝しました。さらに、実際には建設予定のない場所にまで「建設予定地」看板を設置するなど、大胆なプロモーション活動を行いました。
観光自動車道の提唱: 現在の九州横断道路の原型となる観光自動車道を提唱し、長者原にホテルを開設しました。
ゴルフ場の開設: 温泉保養とスポーツを組み合わせた新しいレジャーの形として、別府ゴルフリンクスを開設しました。
「日本新八景」選出への貢献: 葉書による組織的な投票を呼びかけ、別府を「日本新八景」首位に導きました。
日本初の女性バスガイド導入: 亀の井自動車を設立し、女性バスガイドによる地獄めぐりの観光バス運行を開始しました。
* 全国大掌大会の開催: 亀の井ホテルで「全国大掌大会」を開催するなど、ユニークなイベントにも積極的に取り組んでいました。

これらの事業は、熊八の私財と借財によって支えられていました。公費による観光開発が一般的ではなかった当時、熊八の行動力は並々ならぬものでした。彼の没後、事業は借金返済のために売却されましたが、別府市民は熊八の功績を称え、「別府観光の父」としてその名を語り継いでいます。

熊八の温泉マークへの貢献についても触れておく必要があります。彼自身が発案したという説は、裏付けとなる証拠がないため、現在は否定されています。しかし、熊八が別府温泉のシンボルとして温泉マークを積極的に活用し、その普及に貢献したことは確かです。

熊八の人生は、成功と挫折、そして常に挑戦を続ける情熱に満ちたものでした。彼の功績は、単なる観光開発にとどまらず、別府市民の誇りとなり、現在も別府温泉の繁栄に繋がっています。2007年には、別府駅前にブロンズ像が建立され、その偉業は末永く語り継がれていくでしょう。熊八の生涯は、現代社会においても多くの示唆を与えてくれる、貴重な物語です。

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