法諺

法諺（ほうげん）

法諺とは、法律に関わる格言やことわざを指します。これは、私たちの社会生活を送る上で必要となる法的な知識や原則を、平易な言葉や短いフレーズで表現したものです。専門的な知識がない一般の人々の間にも、法の基本的な考え方を広める役割を果たしてきました。

法諺の起源は古く、様々な文化や法体系から生まれています。中には教会法に由来するものも存在しますが、特に多くの法諺を生み出したのはローマ法であるとされています。ローマ法は、抽象的な理論よりも具体的な事例を積み重ねることで法体系を構築していった歴史を持ち、さらに人類史上初めて本格的な法典である『十二表法』を編纂したことから、多様な法的原則や概念を簡潔に表現する法諺が数多く生まれました。これらの法諺は、法の専門家だけでなく、広く人々の間で法的な思考や判断の基礎として共有されてきました。

代表的な法諺とその意味

法諺には様々なものがありますが、いくつか代表的な例とその意味を見てみましょう。

後法は前法を廃止する
これは、複数の法律が矛盾する場合、後から制定された新しい法律が、それ以前の古い法律よりも優先して適用されるという、法規の効力に関する基本的な原則を示しています。

法は些事にこだわらず
些末で取るに足らない些細な問題に対しては、法が積極的に介入すべきではない、という考え方を表しています。あまりに細部に固執せず、より重要な問題に焦点を当てるべきだという法の趣旨を示唆します。

法は家庭に入らず
この法諺は、家庭内の出来事や人間関係には、国家の法が深く介入することを避けるべきだ、という考え方を反映しています。日本の刑法における親族間の財産犯に対する刑の免除や親告罪とする特例（親族相盗例）などが、この考え方に基づくと解釈されることがあります。

国王といえども神と法の下にある
中世イングランドの法律家ヘンリー・ブラクトンが説いたとされるこの言葉は、権力者であっても、超越的な存在（神）や普遍的な法によって拘束されるべきであるという、法の支配の思想に通じるものです。絶対的な権力に対する法の優位性を示しています。

自白は証拠の女王である
かつて、裁判において被告人自身の自白が極めて重要な証拠として扱われた時代に広く信じられていた言葉です。しかし、自白の強要や冤罪の可能性が指摘されるようになり、現代の法制度においては、自白のみに依存せず、他の証拠との関連で慎重に評価されるべきだという考え方が主流となっています。

悪法も法である（Gesetz ist Gesetz.）
法実証主義の立場を示す言葉として引用されることがあります。法の有効性は、その内容が倫理的に正しいか、あるいは道徳的・正義の観点から見て「良い」かどうかに左右されるべきではない、という考え方を表しています。すなわち、法として正当な手続きを経て制定されたものであれば、たとえその内容に問題があるように見えても、まずは法として有効であると認めるべきだという立場です。

目には目を、歯には歯を
古代バビロニアのハンムラビ法典に記されている有名なフレーズです。これは、受けた損害や危害と同等の報復を許容するという、古い時代の刑罰における応報の原則を示すものです。ただし、現代の法制度における応報刑の考え方とは異なる側面も持ち合わせています。

法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし
日本の憲法31条などにも根拠を持つ罪刑法定主義の原則を、非常に簡潔に表した法諺です。どのような行為が犯罪となり、それに対してどのような刑罰が科されるのかは、必ず事前に法律によって明確に定められていなければならない、という近代刑法の最も基本的な原則です。

何人といえども、自分の敵手に対して武器を持たせる義務はない
日本の憲法38条に関連して言及されることがある法諺です。これは、刑事手続きにおいて、自己に不利益となるような供述を強要されない権利、すなわち黙秘権などの自己負罪拒否特権を示唆するものと解釈できます。

権利の上に眠る者は、保護されない
権利を持っているにもかかわらず、正当な理由なく長期間にわたってその権利を行使しない者は、法的な保護を受けられなくなる可能性がある、という原則を示しています。民法における時効制度（民法144条以下など）などが、この考え方を具体化したものの一つです。

結婚は成人にする
これは、かつての日本の民法753条に規定されていた「婚姻による成年擬制」を表す言葉でした。未成年者が婚姻した場合、法律上、成人したものと同様の扱いを受けるという制度でしたが、2022年に成年年齢が18歳に引き下げられたことに伴い、この条文は削除されています。

訴えがなければ裁判はない
民事訴訟における処分権主義（民事訴訟法246条など）を示す法諺です。これは、裁判所が審理を行い、判決を下す対象や範囲は、訴訟の当事者が自らの意思で申し立てた内容（訴訟物や請求の趣旨、原因など）によって限定される、という原則です。

法の不知はこれを許さず
その行為が違法であることや、適用される法律の内容を知らなかったとしても、原則としてそのことを理由に法的な責任を免れることはできない、という法原則です。刑法38条3項における故意の認定などに関連する基本的な考え方の一つです。

疑わしきは罰せず
刑事裁判における最も重要な原則の一つである無罪推定の原則（in dubio pro reo）を端的に表した法諺です。被告人が有罪であることについて、合理的な疑いが少しでも残る限り、有罪と断定せず、無罪として判断すべきであるという原則で、日本の刑事訴訟法336条の無罪判決の根拠ともなります。

法諺の現代的意義

これらの法諺は、古代から現代に至るまで、法の基本原則や考え方を理解し、記憶するための助けとなってきました。専門的な法律用語を知らなくても、法諺を通じて法の精神に触れることができます。ただし、「自白は証拠の女王である」のように、時代と共に法の解釈や制度が変化し、法諺が示す意味合いが現代においてはそのまま当てはまらない場合や、より限定的に解釈されるべき場合もあることに注意が必要です。

法諺は、法の歴史や文化、そして法が社会に根付いてきた過程を知る上で、興味深い示唆を与えてくれる存在と言えるでしょう。

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