浄円院

浄円院：将軍徳川吉宗の母、その生涯

浄円院（じょうえんいん）は、明暦元年（1655年）に生まれ、享保11年（1726年）に亡くなった、紀州藩主徳川光貞の側室であり、江戸幕府8代将軍徳川吉宗の生母です。本名は「もん」といい、「お由利の方」の名でも知られています。

生い立ち

浄円院の出自については、様々な記録が存在しますが、正確なところは不明な点が多いです。『寛政重修諸家譜』によれば、父は巨勢利清（八左衛門）、母は壺井義高の娘とされています。巨勢家は、江戸時代初期に幕府の大工頭として活躍した中井正清と同族です。

しかし、『徳川実紀』では巨勢利清を紀州藩士と記していますが、当時の紀州藩の分限帳には巨勢姓の人物が見当たらず、その信憑性は疑わしいとされています。また、浄円院の出自は「卑賤」であったとする記録も多く、『玉輿記』や『柳営婦女伝系』では、父が紀州の百姓であったとされています。

歴史学者の藤本清二郎氏は、これらの史料を詳細に検討し、浄円院の生い立ちについて新たな視点を提供しています。それによると、浄円院の父である巨勢利清は、大工頭中井家の親族で、もとは大工頭に関連する仕事をしていましたが、後に京都で町人として生活していたとされています。利清の死後、浄円院の家族は生活に困窮し、京都から和歌山へと移り住んだと考えられています。

紀州藩へ

和歌山に移り住んだ後、浄円院は紀州徳川家に女中奉公に上がり、そこで紀州藩主徳川光貞の側室となりました。貞享元年（1684年）には、光貞の四男である徳川吉宗（幼名：源六）を出産しました。吉宗は幼少期には家老の加納政直のもとで育てられました。

浄円院の地位が安定すると、弟の巨勢由利と巨勢忠善も紀州藩に仕えることになりました。これは、浄円院の影響力が強まったことを示す出来事です。

大名の母として

元禄9年（1696年）、吉宗は江戸城で将軍徳川綱吉に御目見えし、武家社会に登場しました。その後、吉宗は越前国内に3万石を与えられ、大名となりました。この頃、浄円院の親族調査が行われ、中井本家との関係が再確認されました。

宝永2年（1705年）、光貞が亡くなり、兄2人も相次いで亡くなったことで、吉宗が紀州藩主となりました。浄円院は光貞の死後、落飾しています。

将軍生母として

享保元年（1716年）、第7代将軍徳川家継が死去し、吉宗が将軍に就任すると、浄円院の運命は大きく変わります。享保3年（1718年）、吉宗は浄円院を和歌山から江戸に迎え、江戸城二の丸に住まわせました。この際、浄円院の弟である巨勢由利と甥の巨勢至信も幕臣として召し抱えられ、出格の庇恩を受けたとされています。

浄円院は、将軍の母となっても高慢になることはなく、常に質素倹約を心掛け、吉宗に対しては「三万石の時を忘れるな」と戒めました。また、身内である巨勢由利と巨勢至信に高禄が与えられた際には、その不当性を諫めたと伝えられています。

享保11年（1726年）、浄円院は亡くなり、寛永寺に葬られました。彼女の生涯は、低い身分から将軍の母へと至った波乱に満ちたものでした。しかし、その謙虚で賢明な態度は、後世の人々に大きな影響を与えました。

備考

浄円院の出自については、様々な説があり、確かなことはわかっていません。しかし、彼女の出身が低い身分であったという点は、多くの記録で共通しています。また、浄円院の弟や甥が幕臣として召し抱えられたことは、彼女の影響力の大きさを物語っています。

浄円院は、後世の修身読み物などにおいて、慎ましやかで品行方正な女性として描かれ、幕府中興の英主である息子をよく補佐した賢母として称えられています。

登場作品

浄円院は、多くの時代劇やドラマに登場しています。代表的な作品としては、「暴れん坊将軍」や「八代将軍吉宗」などがあります。

参考文献

雲村俊慥『大奥の美女は踊る』（PHP研究所、2006年）
高柳金芳『大奥の秘事』（雄山閣、2003年）
藤本清二郎「徳川吉宗の母浄円院の家族 : 幕臣巨勢氏の始原」『紀州経済史文化史研究所紀要』第38号、2017年。
藤本清二郎「徳川吉宗の母浄円院の系譜 : 大工頭中井家との関係」『紀州経済史文化史研究所紀要』第40号、2019年。
望月良親「読まれる女性たち : 「将軍外戚評判記」と「大名評判記」」『書物・出版と社会変容』第8巻、「書物・出版と社会変容」研究会、2010年。
深井雅海「講演 徳川将軍の情報収集活動」『情報管理』第34巻、第3号、日本科学技術情報センター、1992年。
橘敏夫「将軍生母浄円院の本坂通通行」『愛知大学綜合郷土研究所紀要』第68巻、2023年。
小山誉城「徳川吉宗の母浄円院について」『和歌山地方史研究』28号、1995年

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