浅野辰雄

浅野 辰雄（あさの たつお）

1916年1月1日、栃木県宇都宮市に生まれた浅野辰雄は、日本の映画史において、ドキュメンタリーと商業映画、そして社会派的な視点を横断した特異なキャリアを持つ映画監督、脚本家、プロデューサーです。

旧制函館中学校を卒業後、上京して東京高等工芸学校機械科に進学しますが、学生時代から文学運動に関わり、特に講座派の影響を強く受けました。1936年には、コム・アカデミー事件に関連して検挙され、これを機に学校を中途退学しています。

思想的な背景を持つ浅野は、講座派の山田盛太郎の紹介を経て、1938年に芸術映画社に入社。記録映画制作の潮流の中で才能を発揮し、翌1939年には『農村に科学あり』で監督としてデビューしました。戦時中は満州映画協会啓民映画部に出向しますが、過去の検挙歴が影響し、監督資格を一時停止される経験もしています。この時期の代表作としては『煤坑の英雄』（1943年）があります。

戦後、浅野は朝日映画社にて活動を再開します。監督作『君たちは喋ることが出来る』（1946年）は、戦後の言論の自由というテーマを扱い、その強い左翼的傾向から劇場公開が見送られました。その後、民衆映画での活動や、東宝撮影所での助監督経験を経て、労働組合映画協議会と新世界映画社の共同製作によるドキュメンタリー『号笛鳴りやまず』（1949年）を発表し、高い評価を得ます。この頃からフリーランスとして活動の幅を広げました。

1950年代に入ると、浅野は商業映画の分野でも脚本家として活躍し始めます。1952年の『風の噂のリル』（新東宝）を皮切りに、翌1953年にはジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の異色作『アナタハン』で、スタンバーグ本人と共同で脚本を執筆するという貴重な経験をしています。その後も、東宝、日活、東映などの作品で多数の脚本を手がけました。1957年には『日本刀物語』（新東宝）で共同ながら8年ぶりに監督業に復帰。日米映画が日本テレビと提携した「テレビ映画」シリーズでも複数作品を監督しました。1960年代には、日活や新東宝への脚本提供を続けつつ、『大いなる歩み』（1960年）、『人間の復活』（1963年）といったドキュメンタリー映画の演出にも再び注力します。

新東宝倒産後の1964年には、ピンク映画『カメラは見た 痴漢』を製作・監督するなど、成人映画の分野にも一時的に関与しますが、同年に監督したドキュメンタリー『北海に生きる』で毎日映画コンクールの企画賞を受賞するなど、活動の軸足は社会派・記録映画にありました。1965年以降はピンク映画から離れています。

1970年代以降は、完全に記録映画製作に専念します。『山のこだま』（1972年）、『東京の下町』（1976年）といった作品を手がける一方、「世田谷を記録する会」の会長を務め、地域社会や文化遺産を題材にした多くの記録映画を監督・製作しました。1980年には、金大中事件をテーマにした『今こそ自由を! 金大中氏らを救おう』を製作・脚本として関わり、ライプツィヒ国際短篇映画祭で受賞するなど、その社会派的視点は晩年も変わることがありませんでした。1991年には、長年の功績が認められ、日本シナリオ作家協会のシナリオ功労賞を受賞しています。

2006年9月15日、東京都内で90年の生涯を閉じました。没後の2007年には、東京国立近代美術館フィルムセンターでの特集上映「逝ける映画人を偲んで」において、代表作である『アナタハン』と『号笛鳴りやまず』が上映され、その業績が再評価されています。

浅野辰雄は、激動の時代に生き、政治思想と芸術表現の間で揺れ動きながらも、特にドキュメンタリー映画の世界で確かな足跡を残した重要な映画人です。なお、同時期に大映で活動した同姓同名のプロデューサー、浅野辰雄氏（1904年生）は全くの別人であり、混同されることがあるため注意が必要です。

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