浅野造船所

浅野造船所：日本の海運と工業を支えた造船所の歴史

浅野造船所は、かつて横浜市鶴見区に存在した浅野財閥の造船所です。1916年（大正5年）に設立され、1940年（昭和15年）に日本鋼管と合併するまで、日本の造船業を牽引しました。その後、1995年（平成7年）には山内埠頭にあった浅野ドックが閉鎖され、その歴史に幕を閉じました。

設立の背景と初期の発展

浅野造船所の設立者である浅野総一郎は、セメント事業で成功を収めた後、1896年（明治29年）に東洋汽船を設立し、海運業に進出しました。海運業を経営する上で、自前の造船所が必要不可欠だと考えた浅野は、造船所の建設を計画します。第一次世界大戦による造船業の活況を背景に、1916年（大正5年）、鶴見の地に横浜造船所（後に浅野造船所と改称）が設立されました。この建設は、埋め立て工事と同時進行で行われ、わずか15ヶ月で最初の船が進水するという驚異的なスピードでした。

設立当初、浅野造船所は6基の船台を持つ造船所へと短期間で成長しました。しかし、1917年（大正6年）にはアメリカの鋼材輸出禁止令により、鋼材の入手が困難になり、生産が一時的に停滞します。この事態を打開するため、浅野は造船所の隣に製鉄所を建設し、鋼材の自給自足を目指しました。その後、日米間の船鉄交換契約によって鋼材の輸入が再開され、造船事業は再び活気を取り戻しました。

戦間期の不況と事業転換

第一次世界大戦終結後、船舶過剰により造船不況に陥り、浅野造船所も小型船舶の建造が中心となりました。1926年（大正15年）には、造船所設立の目的であった東洋汽船が海運事業を縮小し、造船所の経営は苦境に立たされます。そのような状況下で、浅野造船所は製鉄部門を強化し、鉄道車両や橋梁、水道管などの製造にも事業を拡大しました。1920年には、浅野造船所と浅野製鉄所が合併し、総合的な重工業メーカーとしての道を歩み始めました。

戦時下の再興と日本鋼管への合併

昭和に入り、造船業が再び活況を取り戻すと、浅野造船所は1935年（昭和10年）に日之出汽船向けに長尺物運搬用貨物船「八幡丸」を建造しました。これは60隻以上量産される成功作となりました。しかし、会社の中心業務は造船から製鉄へと移行しており、1936年（昭和11年）に社名を鶴見製鉄造船と改称しました。1940年（昭和15年）には、浅野財閥の日本鋼管と合併し、日本鋼管鶴見造船所となりました。

浅野ドックとその終焉

日本鋼管鶴見造船所となった後も、山内埠頭にあったドックは「日本鋼管浅野船渠」または「浅野ドック」と呼ばれていました。ここでは、1956年（昭和31年）に海上保安庁の灯台補給船「宗谷」を改造し、初代南極観測船として送り出すという重要な役割も担いました。しかし、1995年（平成7年）に浅野ドックは閉鎖され、その跡地はコットンハーバー地区として再開発されました。

浅野造船所の主な製品

浅野造船所は、貨物船を中心に様々な船舶を建造しました。

白鹿丸型貨物船: 浅野造船所初の大型貨物船で、同型船が9隻建造されました。
第一吉田丸型貨物船: 第一次世界大戦期に建造された5400総トン級の貨物船で、同型船が24隻建造されました。
総洋丸: 浅野造船所初のディーゼル貨物船で、浅野総一郎の名前に由来します。
日之出型貨物船: 八幡丸型、豊国丸型、五十鈴丸型など、日本鋼管時代に渡り多数建造されました。
航空母艦「鳳翔」: 船体のみ建造を担当しました。
昭和橋 (相模川): 1931年（昭和6年）に製作され、現在も存在しています。
鶴見臨港鉄道モハ100形: 1930年（昭和5年）に製作された鉄道車両です。

浅野造船所の歴史年表

1916年（大正5年）4月：鶴見に(株)横浜造船所創立
1916年（大正5年）7月：造船所建設着手
1916年（大正5年）12月：(株)浅野造船所に改称
1917年（大正6年）2月：第1船起工
1917年（大正6年）6月：浅野合資会社に製鉄部を新設
1918年（大正7年）4月：浅野合資会社製鉄部を(株)浅野製鉄所として独立
1920年（大正9年）3月：浅野造船所が浅野製鉄所を合併
1921年（大正10年）11月：航空母艦「鳳翔」進水
1923年（大正12年）：山内埠頭に浅野ドック開設
1936年（昭和11年）11月：(株)浅野造船所を鶴見製鉄造船(株)と改称
1940年（昭和15年）10月：日本鋼管が鶴見製鉄造船を合併、日本鋼管鶴見造船所となる
1995年（平成7年）：浅野ドック閉鎖。跡地はコットンハーバー地区として再開発される

参考文献

日本鋼管株式会社七十年史編纂委員会『日本鋼管株式会社七十年史』日本鋼管、1982年。
岩重多四郎『戦時輸送船ビジュアルガイド2―日の丸船隊ギャラリー』大日本絵画、2011年。
浅野造船所『我社の生立』昭和10年 (1935年) 12月出版（渋沢社史データベース/国立国会図書館デジタルコレクション）