海洋無酸素事変

海洋無酸素事変（Oceanic Anoxic Events：OAEs）とは

海洋無酸素事変（OAEs）とは、地球の歴史の中で、海水中の酸素が著しく欠乏した状態が、広範囲にわたって発生した現象です。この状態は、海洋全体の生態系に大きな影響を与え、生物の大量絶滅を引き起こす要因の一つとなりました。海洋低酸素事変とも呼ばれます。

発見と認識

1976年、地質学者によって、浅海から深海まで、地球規模で同時に堆積した黒色頁岩のような地層が発見されました。これは、有機物が分解されずに地層として残ったもので、過去に少なくとも3回の大規模な海洋無酸素事変があったことを示唆しています。また、それ以外にも、小規模な絶滅事変が幾度か発生したことがわかっています。

海洋無酸素事変の特徴

海洋無酸素事変が発生すると、海底付近は無酸素状態、または極度の低酸素状態になります。このため、好気性細菌や動物が生息できなくなり、生物の死骸であるデトリタスが分解されずに海底に堆積します。その結果、この時代の地層には、植物プランクトンや陸生植物など、多くの生物の遺骸が大量に含まれています。特に、ジュラ紀前期、白亜紀中期の3つの時期で、大規模な無酸素事変が確認されています。

現代でも、局所的な富栄養化による酸素欠乏は発生しますが、海洋無酸素事変は、それが地球規模に拡大したものです。このため、生物は逃げ場を失い、大量絶滅が起こり、生物多様性が大きく減少しました。

当時の海洋環境

海洋無酸素事変が発生した時代の海洋環境を推定するために、現代の閉鎖的な水域が研究されています。例えば、日本の貝池やアメリカのグリーンレイク、黒海などの部分循環湖では、表層には植物プランクトンやシアノバクテリアが生息するものの、深層では酸素が欠乏しています。また、その境界部分には、嫌気性光合成細菌が密集しています。このことから、当時の海洋では、硫化水素などの有毒物質が多く存在し、生物の死滅を加速させたと考えられています。

海洋無酸素事変のメカニズム

海洋無酸素事変の原因は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。

直接的な要因

海洋表層部の生物の活発化
熱塩循環の停滞
陸地からの有機物流入量の増加

間接的な要因

これらの直接的な要因を引き起こしたとされるのが、以下の間接的な要因です。

地殻変動や火山活動の活発化: 大気中の二酸化炭素濃度を上昇させ、地球温暖化を招いた。
メタンハイドレートの大量融解: 大量のメタンが大気中に放出され、温暖化を加速させた。
海水温の上昇: 海氷や氷床の融解を引き起こし、海面の上昇、海水の塩分濃度の低下、熱塩循環の停滞を招いた。
富栄養化: 陸地からの栄養塩の流入増加により、表層の植物プランクトンが大繁殖し、海底の酸素消費を増加させた。

海洋無酸素事変の終息

海洋無酸素事変は、大気中の二酸化炭素濃度の低下により、地球寒冷化へと転じます。寒冷化に伴い、氷床が拡大し海面が低下します。真水の流入が減り、海水の比重が増加することで、深層への沈み込みが起こり、熱塩循環が復活します。酸素は嫌気性バクテリアを酸化し、生物相を交代させます。このように、海洋無酸素事変は一時的な現象であり、数万年から数百万年かけて終息します。

地層に残る痕跡

海洋無酸素事変が発生した時代の地層には、硫化物や炭化物を多く含む黒色の頁岩が残されています。また、その地層には、当時の生物の化石が、良好な状態で発見されることが知られています。この黒色頁岩の堆積期間や生物相の変化から、この事変の期間が推定されています。

化石燃料との関係

海洋無酸素事変が起きた時代の海底は、植物プランクトンなどの有機物が分解されずに堆積し、黒色頁岩が形成されました。この有機物が、長い年月を経て石油や天然ガスに変化しました。つまり、私たちが利用している化石燃料は、過去の海洋無酸素事変によって生成された有機物の塊なのです。

現代への警告

現代社会では、化石燃料の大量消費により、大気中の二酸化炭素濃度が急増し、地球温暖化が加速しています。また、極地での融氷や海流の減衰など、海洋無酸素状態を引き起こす兆候も観測されています。過去の海洋無酸素事変は、地球環境の変化がもたらす影響の大きさを物語っています。私たちは過去の教訓から学び、地球環境を保護していく必要があります。