海游録

海游録（かいゆうろく）

『海游録』は、1719年の第9回朝鮮通信使の製述官であった申維翰（シン・ユハン）によって著された紀行文です。「海上の道を通しての紀行」という意味を持ちます。

概要

この記録は、通信使の道中日記と、それをもとに日本の風土や風俗などを整理した「日本聞見雑録」から構成されています。1719年の朝鮮通信使による記録は、『海槎日録』（正使・洪致中）、『海游録』（製述官・申維翰）、『扶桑紀行』（軍官・鄭後僑）、『扶桑録』（軍官・金潝）の4書が伝わっていますが、中でも『海游録』は最も有名で、朝鮮通信使の研究において非常に重要な文献とされています。

紀行文は漢文で日記形式で書かれており、随所に漢詩や風刺、諧謔、そして日朝間の文化的差異に関する考察や批評が挿入されています。多くの使節が中国や日本へ渡った記録の中でも、『海行摠載』において高く評価され、金台俊は『朝鮮漢文史学』で「朴趾源（燕巌）の『熱河日記』とともに朝鮮紀行文学の双璧」と評しました。また、「日本聞見雑録」は「18世紀初頭の日本社会を網羅した観察記録」として評価されています。

構成と内容

全編は漢文で書かれており、朝鮮通信使の一員として選ばれるところから、江戸城での将軍・徳川吉宗との謁見、そして帰路の漢城到着までが日記形式で記録されています。単なる観光記録や外交辞令だけでなく、日本の国情把握という目的も含まれています。道中では、各地の文人たちが宿所に集まり、漢詩の唱酬や筆談を通じて交流が行われました。江戸城での謁見では、席が遠かったために吉宗の姿を詳細に見ることはできなかったものの、「精悍で痩勁、坐貌は秀でて高く云々」と述べています。全体の行程は1719年4月11日から1720年1月24日までの長期間に及びました。

『海游録』は、朝鮮通信使のルートに沿って記述されており、各地の日付と地名が記録されています。

「日本聞見雑録」では、地名、地形、暦、特産物、飲食物、制度、軍事、風俗、気質、歴史、教育など、多岐にわたるテーマについて紹介と考察が行われ、文明批評としての側面も持っています。日本酒に関する記述もあり、麹の内容や諸白の意味についても正確に理解し記述されています。

著者：申維翰（シン・ユハン）

申維翰（1681年 - 1752年）は、李氏朝鮮の文官であり儒学者でした。字は周伯、号は菁川、青水。

徳川吉宗の治世に、第9回朝鮮通信使の製述官として日本を訪れました。その際に得た知識や経験を『海游録』としてまとめました。

来歴

申維翰は慶尚北道高霊の出身で、1681年に庶子として生まれました。当時の朝鮮では庶子は科挙の受験が制限されていましたが、一時的に緩和された時期に科挙に合格し、詩文でも評価を得ました。しかし、庶子であったため、役人としては従四品の奉尚寺の僉正に留まりました。通信使に任命されるまでは高齢の母の病気を案じて帰郷を考えていましたが、王命により製述官として日本に派遣されることとなりました。申維翰は日本に対してあまり良い印象を持っていなかったため、当初は辞退を試みましたが、最終的には受け入れざるを得ませんでした。

対馬では、対馬藩や以酊庵の世話役らと交流し、雨森芳洲らと親交を深めました。帰国後、『海游録』を著し、1748年の朝鮮通信使が日本を訪れた際には、申維翰の消息が尋ねられることもありました。1752年に亡くなりました。

人物像

申維翰は当代随一の文才の持ち主であり、正使の洪致中もその才能を高く評価していました。各地で詩の交換を求められるなど、その能力を発揮しました。

筋や体面を重んじる一方で、宿舎の周辺を徘徊したり、カタコトの日本語を覚えたりするなど、意外な一面も持っていました。特に茶屋の娘に魅了される様子も記録されています。痔持ちであったため、酒を好まないとされていましたが、実際には時々飲んでいたようです。日本のミカンを気に入り、大量に食べることもありました。雨森芳洲とミカンについて談義するなど、興味深い交流も行っています。

日本人評

秀吉を悪とし、家康を英雄とする一般的な朝鮮人の視点を持っていました。日本人は負けず嫌いであると評し、当時の日本は平和ボケしていると見ていました。日本人は迷信を好み、性理学が顧みられていないことを嘆いています。しかし、約束を守る美点もあると評価しています。大阪の文士たちとの交流を通じて、日本人は日本の昔の故事を知らない割に、朝鮮のことに詳しいという感想を持っています。出版文化が盛んである一方、知識人の漢詩の出来は低いと評価しています。科挙がなく世襲が基本であることを批判し、才能があっても出世できないことを惜しんでいます。

日本の男娼について「日本の男娼の艶は、女色に倍する」とコメントし、男色に対する風俗がない朝鮮との違いにカルチャーショックを受けています。

もう一度検索