深良用水

深良用水（ふからようすい）

深良用水は、神奈川県と静岡県の県境に位置する箱根山の地下をトンネルで貫き、芦ノ湖の湖水を静岡県裾野市方面へ引くために江戸時代に造られた灌漑用水路です。別名「箱根用水」とも呼ばれています。

概要

深良用水は、1666年に工事が開始され、1670年に完成しました。以来、約350年以上にわたり、裾野市、御殿場市、長泉町、清水町の一部で構成される芦湖水利組合によって管理・利用されています。主な用途は、灌漑用水、生活用水、防火用水、そして東京発電による深良川第一発電所での水力発電です。現在、芦ノ湖は二級河川として神奈川県が管理しています。

用水路の全長は1,280メートルで、芦ノ湖の水門から湖尻峠付近の地下を通り、神奈川県と静岡県の境を越えて、狩野川水系の黄瀬川支流である深良川に注いでいます。

2020年には通水350周年を迎え、記念事業が計画されました。また、トンネル内の点検作業は年2回行われ、一般参加も検討されています。2023年9月には、土木学会選奨土木遺産に認定され、その歴史的価値が再評価されました。

かんがい面積と隧道

深良用水のかんがい面積は合計527.153ヘクタールに及び、裾野市が最も広い面積を占めています。具体的な内訳は、裾野市が336.541ヘクタール、御殿場市が1.760ヘクタール、長泉町が172.658ヘクタール、清水町が16.194ヘクタールとなっています。

隧道の長さは1280.3メートル、幅は1.8メートル、高さも1.8メートルです。この隧道は、当時の技術力を示す貴重な遺産です。

名称

深良用水は、一般的に「箱根用水」とも呼ばれますが、「箱根掘抜水」や「箱根湖水」という名称も確認されています。2014年に世界かんがい施設遺産に登録された際には「深良用水」として登録されました。水利組合の規約や決議でも「深良用水」のほか、「箱根湖用水」や「芦湖用水」といった名称が使用されています。

流域の自治体と流路

深良用水によって灌漑される地域は、上郷、中郷、下郷の3つに分かれています。

各地域の主な灌漑エリア

御殿場市: 神山
裾野市: 深良、岩波、上ケ田、金沢、葛山、御宿、千福、桃園、富沢、伊豆島田、水窪
長泉町: 南一色、納米里、上土狩、中土狩、下土狩、竹原、本宿
清水町: 伏見、新宿

堰

深良用水には、多くの堰が設置されています。上郷に13箇所、中郷に17箇所、下郷に26箇所あり、各地域への水の配分を調整しています。

主な堰

上郷: 豊後堰、古川堰、太郎右衛門堰、利平埋樋、五反田水門、弥平治埋樋、橋場堰、大洞堰、カロウト堰、古堰、切久保堰、千福堰、富沢堰
中郷: 佐野堰、大柄沢堰、宿堰、上野田堰、下野田堰、横堰、大堰、九尺堰、舞台堰、若狭堰、稲荷堰、中曽根堰、中丸辻堰、八幡堰、小柄堰、用水堰、赤石堰
下郷: 水窪大堰、三俣堰、高堰、穴堰、今堰、絹田堰、秋次堰、挟間堰、御前堰、舞台堰、大割堰、弥次郎堰、開キ、西海道堰、八反田堰、雨降堰、谷口堰、右近田堰、窪田堰、本宿堰、ニタ松田堰、柊堰、六反田堰、峠田堰、経塚堰、久根内堰

特に、下郷にある水窪大堰は黄瀬川本流に位置し、ここで取水された水が下郷全域へ配水されています。また、三俣堰は水窪大堰からの水を三方向に分流する重要な堰です。

用水の利用

深良用水は、農業用水としてだけでなく、生活用水、産業用水、そして防火用水としても利用されています。

水力発電事業

深良用水は水力発電にも活用されています。明治時代中期から、年間を通じて安定した水量が確保できる芦ノ湖を水源とする深良川を利用した水力発電事業が計画されました。1922年（大正11年）に東京電燈株式会社が第1発電所、第2発電所を建設し、翌年には第3発電所も完成しました。現在は東京発電株式会社がこれらの発電所を運営しています。発電に使われた水は、最終的に深良川に戻されます。

現在の運用

深良用水の維持管理は、1957年に発足した静岡県芦湖水利組合が中心となって行っています。水利組合は、裾野市長が管理者、長泉町長が副管理者となっています。水配は、水利組合と各地域から選出された水配人によって行われています。

深良用水の歴史

深良用水は、富士山の雪解け水が地下を通り湧き出るという地形的な特徴を背景に、水不足に悩む農民たちの手によって建設されました。深良村（現在の裾野市深良地区）の農民たちは、年貢米増産のため、芦ノ湖の水を引くことを計画しました。工事は江戸の商人、友野與右衛門らが請け負い、芦ノ湖側と深良側の両方から手作業で掘り進められました。このトンネルは、当時の土木技術の高さを示す貴重な遺産です。

計画では、トンネルの連結部で上流側が高く、下流側が低くなるように掘り進められました。これは、上流側が低く下流側が高くなることを恐れたためです。また、作業者の酸欠を防ぐため、トンネルには息抜き穴も設けられています。

逆川事件

1895年、早川の村々から芦ノ湖の水を利用したいという要望が出されましたが、許可されませんでした。これが原因で、1896年に逆川事件が発生しました。この事件は、深良用水の水を守ろうとする水利組合と、芦ノ湖の水を利用したいと考える仙石原の農民たちの間で起こった争いです。

最終的に、大審院の判決で水利組合が勝訴しましたが、その後、和解調停が行われ、芦ノ湖の水の一部を分水することになりました。しかし、実際には分水は行われなかったようです。

世界かんがい施設遺産と疏水百選

深良用水は、その歴史的価値から、2005年に農林水産省の疏水百選に選定され、2014年には国際かんがい排水委員会によって世界かんがい施設遺産に登録されました。これは、深良用水の建設から100年以上経過し、その歴史的、技術的、社会的な価値が評価されたことによるものです。

災害

過去には、豪雨や台風によって深良用水周辺で被害が発生しています。1941年の豪雨では、深良川と新川沿岸、早川一帯で洪水が発生し、1948年にはアイオン台風で住宅が浸水する被害が出ました。

年中行事

深良用水では、年間を通して様々な行事が行われています。

初登山: 1月初旬に隧道の状況や貯水量などを点検します。
春の隧道点検: 4月に田植えを前に隧道内を点検します。
深良用水祭り: 4月25日前後の休日に開催され、深良用水の恵みに感謝します。
戸抜きの作業: 5月に堰の整備状況を巡視します。
鍵の引渡し: 6月1日に東京発電から水利組合へ水門の鍵が引き渡されます。
秋の隧道点検: 9月に収穫期を終える時期に春と同様の点検を行います。

脚注

（省略）

参考文献