渡辺甚吉 (14代)

14代 渡辺 甚吉

14代渡辺甚吉（わたなべ じんきち）は、明治末期から昭和中期にかけて活動した日本の実業家であり政治家です。1906年（明治39年）11月26日、岐阜県岐阜市の実業家である13代渡辺甚吉の長男として生まれ、旧名は村吉といいます。祖父は12代渡辺甚吉にあたります。彼は、岐阜の地で代々続く事業を受け継ぎながら、戦前から戦後にかけて多方面でその手腕を発揮しました。

生涯と経歴

岐阜に生まれた甚吉は、暁星中学校で学び、その後東京商科大学（現在の一橋大学）に進学しました。1930年（昭和5年）に大学を卒業すると、同年3月から翌年1月までの期間、欧米諸国を巡る視察旅行に出かけます。この海外での経験は、後の彼の事業展開に影響を与えたことでしょう。大学在学中に父である13代甚吉が死去したため、彼は若くして家督を相続し、14代甚吉を襲名しました。

帰国後、甚吉は実業家としての道を本格的に歩み始めます。有隣生命保険、浩栄社、北海興業、築地電気、明徳自動車などで社長や代表を務めたほか、岐阜信託や岐阜貯蓄銀行の取締役にも就任するなど、多岐にわたる企業の経営に携わりました。また、1937年（昭和12年）4月には岐阜商工会議所の会頭に就任し、翌年1月までその任にあたっています。

政治家としての活動

実業界での成功を背景に、甚吉は政治の世界にも足を踏み入れます。1939年（昭和14年）、岐阜県の多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日に正式に就任しました。貴族院では研究会に所属し、1947年（昭和22年）5月2日の貴族院廃止まで議員として活動しました。戦後、日本の議会制度が大きく変わる中、同年4月に行われた第1回参議院議員通常選挙では、岐阜県地方区から無所属で立候補し当選を果たします（任期3年の補欠）。参議院では緑風会に所属し、一期を務め上げました。

その他の貢献

実業や政治の分野に加え、甚吉は様々な組織や事業に関わりました。岐阜県農業会長として農業振興に尽力したほか、メディア関連では東海ラジオ放送の取締役や東海テレビ放送の取締役副社長を務め、放送事業の発展に貢献しました。また、名古屋駅前駐車場の社長を務めるなど、交通やインフラ整備にも関心を示しています。

エピソード

愛車「インヴィクタ」

甚吉には、自動車にまつわる有名なエピソードがあります。1930年の欧州視察の際に、彼はイギリス製の中古車インヴィクタ4½リッター（1928年型）を購入し、日本に持ち帰りました。この車は彼の愛車として使用されましたが、1937年には梁瀬自動車の手によってレーシングカーへと改造されます。改造されたインヴィクタは、多摩川堤で開催された玉川オートレースに参戦。渡辺家の運転手がハンドルを握り、初戦では後に世界のホンダを創設する本田宗一郎が操るカーチス号を破って優勝するという快挙を成し遂げました。第二次世界大戦中に所在不明となったこの車は、戦後、自動車評論家の小林彰太郎氏によって発掘され、アメリカで修復が行われます。1981年にはアメリカのラグナ・セカ・レースウェイで披露され、現在はドイツ人コレクターが所有しているとのことです。車体のエンジンフード付近には「渡辺甚吉」の名前が書き込まれているといいます。

旧渡辺甚吉邸

甚吉の私邸として1934年（昭和9年）に東京都港区白金台に建てられた洋館も特筆すべきものです。本格的なチューダー様式で設計されたこの邸宅は、日本の住宅建築に大きな影響を与えた建築技師の遠藤健三、山本拙郎と、その恩師である今和次郎という三人の共作によるものです。建築当時の日本の住宅建築の最高水準を示す歴史的建造物として高く評価されており、2022年4月には茨城県取手市にある前田建設工業ICI総合センター内に移築され、保存・活用されています。

死去

14代渡辺甚吉は、1972年（昭和47年）5月25日に65歳でこの世を去りました。その死没日をもって、勲四等から勲二等旭日重光章に昇叙追贈され、正四位に叙されています。

親族

親族には、義弟（妹の夫）に磯野計蔵、母方伯父に國分勘兵衛がいます。また、甥の岳父は岩崎忠雄です。妻のシヅエは、作曲家として知られる貴志康一の妹にあたります。

渡辺甚吉は、実業家、政治家としてだけでなく、自動車レースでの優勝や歴史的建築物の建設といった文化的側面においても、その名を残しています。彼の生涯は、昭和期の日本の社会と経済、そして文化の一端を映し出しています。

もう一度検索