湯浅芳子

湯浅芳子：ロシア文学翻訳家としての生涯と、宮本百合子との関係

湯浅芳子(1896-1990)は、日本のロシア文学翻訳に多大な貢献をした人物です。京都の裕福な家庭に生まれ、若い頃からロシア文学に魅せられ、独学でロシア語を習得しました。17歳で日本女子大学に入学するも中退、ロシア文学者である昇曙夢に師事し、本格的にロシア語とロシア文学の研鑽を積みます。

作家の田村俊子への手紙がきっかけで交流が始まり、田村俊子の小説「緑色」に湯浅芳子の手紙の内容がそのまま用いられたという逸話も残されています。愛国婦人会機関誌の編集に携わった経験から、ロシア文学の翻訳と紹介を志すようになりました。

24歳の頃には京都の芸妓と事実婚関係にありました。その後、野上弥生子の紹介で宮本百合子と出会い、1924年から百合子と共同生活を始めます。1927年から1930年にかけては、百合子と共にソ連に滞在し、モスクワ大学で学び、チェーホフやゴーリキーなどの研究に励みました。この時代の様子は、宮本百合子の著作『伸子』『二つの庭』『道標』などに詳細に記されています。

ソ連滞在後、湯浅芳子はロシア・ソビエト文学の翻訳・紹介に尽力し、21世紀においても読み継がれる名訳を数多く世に送り出しました。1947年には『婦人民主新聞』の編集長を務めるなど、社会活動にも積極的に参加しました。

宮本百合子との共同生活は、百合子の再婚を機に終焉を迎えますが、二人の関係はその後も複雑に続き、百合子自身も「互の感情生活も極めて複雑であった」と回想しています。晩年の1978年には、百合子からの手紙を編集・発表し、百合子全集刊行前の研究に大きく貢献しました。

湯浅芳子は生涯独身を貫き、百合子以外にも複数の女性と共同生活を送りました。異性との恋愛は経験せず、瀬戸内寂聴の回想によると生涯処女であったとされています。晩年には茶人の尾崎一雄夫人の異母姉である山原鶴が事実上のパートナーとして支えました。生涯独身であったという点から、フェミニズムの観点からも注目を集めています。

晩年は浜松の老人ホームで過ごした後、1990年に93歳で亡くなりました。彼女の功績を称え、湯浅芳子賞が創設されました。死の直前には、沢部仁美による評伝『百合子、ダスヴィダーニヤ 湯浅芳子の青春』が出版され、彼女の人生が詳しく紹介されました。また、瀬戸内寂聴による回想評伝『孤高の人』や、宮本百合子との往復書簡集も出版されています。さらに、彼女と宮本百合子の関係を描いた映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』も制作されました。

主な著書として『いっぴき狼』『狼いまだ老いず』『百合子の手紙』などがあり、翻訳作品にはチェーホフ、ゴーリキー、ツルゲーネフ、マルシャークなどの作品が数多く挙げられます。彼女の翻訳は、高い評価を受け、現在も多くの読者に親しまれています。湯浅芳子の生涯は、ロシア文学への貢献、そして女性としての生き方、両面において、現代に繋がる重要なメッセージを残しています。

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