源氏六十三首之歌

『源氏六十三首之歌』：源氏物語全巻を詠み込んだ謎めいた歌集

『源氏六十三首之歌』は、『源氏物語』の各巻名を1首ずつの短歌に織り込んだ歌集です。現存する写本は1点のみで、島原市立島原図書館の『肥前嶋原松平文庫』に所蔵され、島原市指定文化財にも指定されています。この歌集は、『源氏物語』の巻名目録や巻名歌の数ある例の一つですが、独特の巻名順や巻数の解釈など、他の類似文献には見られない独自の特色を備えている点が注目されます。

発見と歴史

この歌集は、元は島原藩主松平家の文庫に収められていました。明治時代の廃藩置県後も松平家の管理下にあったものの、未整理のまま放置され、一部は流出もしていました。1948年以降は島原公民館図書部が管理し、1964年には島原市に正式に寄贈されました。九州大学の研究者による調査で、この文庫に『源氏六十三首之歌』や『光源氏物語本事』など貴重な資料が数多く含まれていることが明らかになり、今井源衛氏による紹介を通じて広く知られるようになりました。

歌集の構成と特徴

『源氏六十三首之歌』は、本来63首からなる歌集であったと考えられています。これは、『源氏物語』の巻数を63とみなしていたことを示唆しています。しかし、現存する写本は62首のみです。各歌の冒頭の文字を並べると「なもあみたふつ…あみたほとけ」という構造になっていると推測されますが、第55首目の「夢浮橋」の歌が「た」で始まるのに対し、続く56首目が「つ」で始まることから、1首が欠落していると考えられています。欠落した歌は「ふ」で始まるものと推測されています。

巻名と並べ方の独自性

巻名の並べ方にも独自性が見られます。

若菜: 上下2帖として扱われている。
雲隠: 1帖として扱われている。
紅梅: 「竹河」の後に配置され、一般的な順序と逆になっている。
橋姫: 優婆塞の異名で呼ばれている。

これらの特徴に加え、56首目以降には、現在では失われたとされる『源氏物語』の巻名が詠み込まれていると見られます。特に、『源氏物語』の巻数を63とみなしている点が非常に珍しいです。一般的には54巻とされることが多い『源氏物語』ですが、60巻説も存在する中で、63巻説は他に例がありません。

歌集の内容

歌集は、各巻の冒頭部分に相当すると思われる部分に、巻名を織り込んだ短歌が収録されています。例えば、冒頭は『桐壺』の巻で、以下のように続きます。

1. 桐壺（な）「なれぬれはたつに契つ聲をつて露のかこと言の葉にをく」
2. 帚木（も）「もみちはヽきヽの梢におりかへて錦をあらふ秋の山かせ」
3. 空蝉（あ）「あちきかき木の下露の侍るヽは鳴空蝉のなみたなりけり」
…以下、55首目「夢浮橋」まで続く。
56. サムシロ（つ）「月の吹風さむしろを打ちはらひ幾嵐のゝうらみきつらん」
…以下、62首まで続く。

これらの歌は、『源氏物語』の物語を簡潔に表現しており、各巻の雰囲気をしのばせるものとなっています。現存する62首に加え、失われたと考えられる1首を復元できれば、63首の全貌を明らかにすることができるかもしれません。

研究史と今後の課題

『源氏六十三首之歌』は、今井源衛氏によって詳細に研究され、その存在が広く知られるようになりました。しかし、写本の状態が悪く、欠落や誤記も多いことから、今後の研究によって、より正確な解読や解釈が進むことが期待されます。特に、欠落した1首の復元や、独自の巻名順の理由解明などは、今後の重要な課題と言えるでしょう。この歌集は、源氏物語研究にとっても重要な資料であり、その謎解きを通して、新たな知見が得られる可能性を秘めています。

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