潮騒 (小説)

三島由紀夫『潮騒』：永遠の純愛物語

『潮騒』は、三島由紀夫が1954年に発表した長編小説であり、彼の代表作の一つとして広く親しまれています。舞台は三重県鳥羽市に属する歌島（現在の神島）。この美しい島を背景に、若く純朴な漁師の久保新治と、海女の宮田初江が織りなす、清らかな愛の物語が展開されます。

作品の成立と背景

三島由紀夫は、世界旅行の経験から古代ギリシアへの関心を深めました。そして、『ダフニスとクロエ』に触発され、日本の原風景の中にギリシア的な要素を見出そうとします。そこで選ばれたのが、都会の喧騒から隔絶された、自然豊かな神島でした。島の人々の素朴な生活や倫理観、そして神々への信仰が、物語の重要な要素となっています。

万葉集に歌われた伊良湖岬も、作品の成立に影響を与えています。持統天皇が伊勢を訪れた際に詠まれた歌には、「潮騒」という言葉が登場し、神島の風景と重ね合わされます。

三島は、神島に滞在し、島の自然、人々の暮らし、祭りの様子などを詳細に観察しました。これらの取材を通して、『潮騒』の舞台となる歌島のイメージを具体的に作り上げていったのです。

主題

『潮騒』は、三島由紀夫がそれまで手掛けてきた耽美的な作品とは異なり、健康で清々しい青春小説として書かれました。自然との調和、共同体意識、そして純粋な愛が、作品の主要なテーマとなっています。

三島は、古代ギリシア的な自然観と、近代社会における人間と自然の対立という視点から、『潮騒』における自然を描こうとしました。綿津見の神のご加護を信じ、自然と一体化して生きる若者の姿を通して、失われつつある共同体の価値を再発見しようとしたのです。

あらすじ

歌島で暮らす漁師の久保新治は、ある日、見慣れない少女・初江に出会います。初江は、島の有力者である宮田照吉の娘で、都会から島に戻ってきたばかりでした。互いに惹かれ合う新治と初江でしたが、二人の間には身分の違いや周囲の嫉妬など、様々な障害が立ちはだかります。

嵐の夜、新治と初江は監的哨で裸で抱き合い愛を誓います。しかし、二人の仲を妬む川本安夫の策略や、照吉の反対など、試練が続きます。そんな中、新治は照吉の所有する貨物船に乗り込み、船員として働くことになります。

沖縄へ向かう航海の途中、台風に遭遇し、船が危機に瀕します。新治は危険を顧みず荒れ狂う海に飛び込み、船を救うという勇敢な行動を見せます。一方、島では、初江の人柄を知る人々が、二人の仲を取り持とうと奔走します。新治の勇気ある行動と、島の人々の温かい心により、最終的に照吉は二人の結婚を許し、物語は幸福な結末を迎えます。

作品の評価

『潮騒』は、発表当時から多くの読者に愛され、映画化も繰り返されるなど、広く親しまれてきました。しかし、当時の文壇からは、その牧歌的な内容や類型的な人物造型に対し、批判的な意見もありました。その一方で、近代小説の解毒剤としての役割や、ポピュラリティと芸術性の両立を試みた作品として評価する声もありました。

マルグリット・ユルスナールは、『潮騒』を三島由紀夫の「透明な傑作」と称賛し、その幸福な物語を高く評価しました。また、柴田勝二は、新治と初江を結びつける力として、信仰や神道の儀式に着目し、作品に込められた意図を考察しています。

三島由紀夫と神島

三島由紀夫は、神島を訪れた際、島の人々の素朴な人情に触れ、都会に対する劣等感がないことに感銘を受けました。そして、日本の美しい顔は農漁村にしかないのではないかと述べています。神島は、三島にとって、日本の原風景を象徴する場所であり、『潮騒』の創作に大きな影響を与えたのです。

観光資源としての『潮騒』

現在、三重県および鳥羽市は、『潮騒』を観光資源として活用しています。神島には、文学碑や潮騒公園が整備され、作中に登場する監的哨跡や八代神社は、観光コースとなっています。また、三島が滞在した漁師の家も、人気スポットとなっています。

神島は、「恋人の聖地」にも選ばれており、多くの観光客が訪れています。映画で初江を演じた吉永小百合が神島を訪問し、漁民たちと交流するなど、作品の魅力は今もなお、多くの人々を惹きつけています。

『潮騒』は、三島由紀夫の作品の中でも、特に親しみやすく、美しい日本の原風景と、若者たちの純粋な愛を描いた作品として、これからも読み継がれていくことでしょう。

もう一度検索