激突!漫才新幹線

『激突!漫才新幹線』第一回の衝撃と漫才ブームの幕開け

『激突!漫才新幹線』（げきとつまんざいしんかんせん）は、フジテレビ系列で放送された関西テレビ制作のテレビ番組です。『花王名人劇場』という番組枠内でシリーズ企画として放送されました。同名のタイトルで計5回放送されましたが、中でも特筆すべきは1980年 1月20日に放送されたその第一回です。この放送こそが、後に日本全国を席巻する1980年代の漫才ブームを興す決定的なきっかけとなったのです。

第一回放送は、国立劇場などを舞台に、当時東西を代表する存在だった横山やすし・西川きよし、そして星セント・ルイスという実力派コンビの競演を軸に構成されました。しかし、この回を歴史に残るものとしたのは、当時まだ若手ながらも大胆に抜擢されて出演した漫才コンビ、B&Bの存在でした。彼らはこの番組で「もみじまんじゅう」をはじめとする各地のお国自慢をテーマにしたネタなどを披露し、視聴者から爆発的な人気を獲得します。これが、その後の漫才ブームが起こる直接的な引き金となったのです。

この番組、特に第一回は、当時のテレビ番組としては極めて異例の形式を採っていました。ゴールデンタイムの1時間という放送枠を使いながら、司会者は一切置かず、やすしきよし、星セント・ルイス、そしてB&Bの三組が、それぞれ10数分ずつ持ち時間を得てひたすら漫才のみを披露するというものでした。さらに、舞台袖で他のコンビの漫才を見守る出演者たちの様子を映し出すなど、カメラワークにも工夫が凝らされていました。まさに、漫才そのものを主役にした大胆な企画だったと言えます。

この異例の試みは、視聴者から熱狂的な支持を得ました。第一回となった1980年1月の放送は、関東地区で15.8%、関西地区では驚異的な27.2%という高視聴率を記録し、大成功を収めます。この成功は、漫才という演芸形式がテレビにおいて高視聴率を稼ぎ出せる強力なコンテンツであることを証明しました。これに追随するように、各テレビ局はこぞってお笑い番組を制作・放送するようになり、テレビに出演する漫才師たちは瞬く間にアイドルに匹敵するほどの人気を集めることになります。この番組の仕掛け人であるプロデューサーの澤田隆治氏は、この現象について「話術だけで、これほど人を笑わせることができる。視聴者がその魅力に気づいた結果だろう」と後に語っています。また、当時視聴率に苦戦していた『花王名人劇場』自体も、この成功を受けて漫才を番組の主軸とする方向へと路線を変更する契機となりました。

企画に至るまでの困難な道のり

この歴史的な番組がどのように企画されたのか、その背景にはいくつかの紆余曲折がありました。『花王名人劇場』がスタートした当初は、昭和の様々な名人芸を紹介することや単発ドラマなどを放送するというコンセプトでしたが、視聴率は伸び悩んでいました。番組の打開策として検討された中で、漫才に白羽の矢が立ったのです。当初の企画では、あらんどろん、B&B、ツービート、Wヤングという4組の漫才師による「激突」を予定していました。実際、1979年10月22日付のプログラムには、同年12月5日に国立劇場演芸場で行われる公演の予告として、「激突!漫才新幹線」のタイトルと共に、これらの4組の名前が掲載されていました。

しかし、番組の準備が進む最中の1979年10月25日、Wヤングのメンバーである中田治雄氏が自殺するという痛ましい出来事が発生し、この最初の企画は立ち消えとなってしまいます。企画されていた4組の中で、当時テレビの世界で「看板」として通用する知名度を持っていたのは、実はWヤングだけでした。残りの3組は、テレビに出演経験はあったものの、ゴールデンタイムの番組を背負えるほどの存在感はなく、「企画」という枠組みの中で試みようという意図がありました。 Wヤングという核を失った後、やむなく企画は再検討され、1979年12月22日に改めて、横山やすし・西川きよし、星セント・ルイスというベテラン・中堅コンビに、当時注目され始めていた若手のB&Bを加える形で録画が行われ、これが翌1980年 1月20日のテレビ放送へと繋がったのです。

番組が生まれた当時の漫才界の状況

『激突!漫才新幹線』第一回が放送された当時の日本の漫才界は、必ずしも活気に満ちている状況ではありませんでした。「漫才といえば関西の芸」という認識が一般的で、テレビの世界ではまだ全国的な地位を確立していませんでした。吉本興業の木村政雄氏は、「若い世代は、ゴールデンタイムで漫才を見るという経験がほとんどなかっただろう」と述べています。さらに、当時は上方漫才自体がかつての勢いを失いつつある時期でもありました。大阪万博の際には観光客で劇場は賑わいましたが、それ以降はテレビにおけるバラエティ番組が主流となり、漫才師たちは本来の「漫才」ではなく、司会やコントなど他の分野で重宝される傾向にありました。横山やすし・西川きよしでさえ、当時は主に司会者として売れており、テレビで漫才を披露したのは実に2年ぶりという状況でした。地方のローカル演芸番組の打ち切りも相次ぎ、本当に漫才を愛する熱心なファンだけが、松竹の角座や吉本の花月といった劇場に足繁く通っているような孤立した状況でした。加えて、野球賭博事件などで上方のお笑い界全体が揺らいでいるところに、追い打ちをかけるようにWヤング中田氏の悲劇が起こり、「漫才はもう終わりを迎えるのではないか」とまで囁かれるような、まさに冬の時代でした。

このような逆境とも言える状況の中で放送された『激突!漫才新幹線』第一回は、企画の意図せぬ変更や当時の漫才界が抱えていた困難にもかかわらず、見事に大成功を収めました。この番組の成功が、それまで下火になりつつあった漫才に再び光を当て、テレビにおける演芸番組のあり方を変え、そして日本全国規模での漫才ブームという一大社会現象を巻き起こす、まさに歴史的な転換点となったのです。

もう一度検索