濫用

権利濫用の概要

権利濫用とは、ある権利や権限を本来の目的と異なる目的に用いることです。特に、権限を持つ者がその権限を不正に使用する際に用いられる表現で、個人の権利行使の限界や、社会全体の秩序維持において重要な概念です。

権利濫用の歴史は古く、1794年のプロシア普通国法において、権利行使の限界に関する一般的規定が初めて設けられました。その後、フランス民法典では否定されたものの、19世紀半ばには学説として復活し、ドイツ民法やスイス民法にも明記されるようになりました。日本でも明治時代から判例でその限界が示され、戦後の民法改正で民法1条3項に明記されるに至っています。

各法における権利濫用の規定

憲法

日本国憲法12条において、個人の権利行使の限界について規定しています。

民法

民法1条3項において、権利濫用を禁止する規定が明記されています。また、旧896条（現834条）では親権濫用について規定されており、日本民法で「濫用」の文字が初めて使用された箇所です。民法における権利濫用の法理は、個人の権利の絶対性を強調する古典的自由主義思想への批判的態度から発展したものであり、個人の権利行使を制限する側面も持つことから、「権利濫用の濫用」といった批判も存在します。

刑法

刑法193条および194条において、職権濫用罪などを規定しています。公務員の職権濫用は、収賄罪や虚偽公文書作成罪など他の罪と関連して規制されています。さらに、国家権力の濫用や国民の権利保護のため、虚偽告訴罪、秘密漏示罪、横領罪、背任罪などに該当する可能性のある権利濫用行為も存在します。

商法

取締役等の権限濫用行為は、善管注意義務違反などに該当し、損害賠償や株主代表訴訟の対象となります。

民事訴訟法

裁判官の濫用的な訴訟指揮を予防するために、除斥、忌避の制度が設けられています。

刑事訴訟法

刑事訴訟法においても、権利濫用を抑制するための規定が存在します。

権利濫用の要件と効果

権利濫用にあたるかどうかは、権利行使者の利益と相手方の不利益を客観的に比較衡量して判断されます。ただし、相手方の悪意や重大な過失、公序良俗違反、信義則違反などが存在する場合には、権利濫用と判断される可能性が高まります。

権利濫用と判断された場合、権利行使の法的効果は否定され、損害を与えた場合は不法行為として損害賠償や原状回復義務が認められます。特に親権については、民法834条で親権濫用の場合、家庭裁判所が親権の喪失を宣告できる旨が明記されています。

代理権の濫用

代理権の濫用（Missbrauch der Vertretungsmacht）という論点も存在し、日本の商法学者の中には、権利濫用の法理で解決すべきと考える者もいます。

権利濫用の国際比較

英米法では、大陸法のような包括的な権利濫用禁止法理は認められていません。これは、個人主義的な権利思想を維持する立場によるものです。

結論

権利濫用は、個人の権利行使の範囲と社会秩序の維持という相反する要素を調整する上で、重要な役割を果たす概念です。各法令における具体的な規定や、判例、学説を理解することで、権利濫用を正しく理解し、適切に対処することが可能になります。

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