瀬黒幸市

瀬黒幸市：養蚕家から電気事業を牽引した実業家

瀬黒幸市は、1872年（明治5年）に長野県東筑摩郡寿村（現在の松本市）で生まれました。実家は養蚕業を営んでおり、彼はその長男として家業を継ぐ立場でした。しかし、瀬黒は単なる養蚕家として生涯を終えることはありませんでした。彼は、時代を先取りするような形で、多岐にわたる分野でその才能を開花させました。

学びと故郷での活動

1886年（明治19年）に県立松本中学校に入学しましたが、1890年（明治23年）に中退し上京。東京専門学校（現在の早稲田大学）で政治法律学を修めました。卒業後は故郷に戻り、1897年（明治30年）に家業を継ぎました。家業の養蚕業に励む傍ら、村政にも積極的に関与し、1901年（明治34年）には寿村会議員に当選、1903年（明治36年）には寿村長に就任するなど、地域社会の発展に尽力しました。その後も村会議員に再選されるなど、地域からの信頼も厚かったことが伺えます。

有力な政治家として嘱望され、県会議員や衆議院議員候補に名前が挙がることもありましたが、彼は政界に進むことはありませんでした。その代わりに、家業の養蚕業に力を注ぎ、蚕種改良に取り組み、大きな財を築きました。また、養蚕業や農業関連の団体の要職を歴任し、業界の発展にも貢献しました。東筑摩郡農会議員・会長、東筑養蚕組合副会長・会長、東筑摩郡蚕種同業組合議長、長野県蚕種組合連合会副会長・議長、長野県蚕種同業組合議長、帝国蚕種組合理事など、数多くの役職を歴任したことからも、その業界への貢献度の高さがうかがえます。

電気事業への転身

1920年（大正9年）3月、瀬黒の人生は新たな転機を迎えます。松本市の電力会社である松本電灯の監査役に就任したのです。これが彼の最初の会社役員としてのキャリアの始まりでした。この就任をきっかけに、瀬黒は電気事業の世界へと足を踏み入れました。

1922年（大正11年）11月、松本電灯は新潟県高田市（現在の上越市）の電力会社である中央電気へと合併されます。同年12月、中央電気において松本電灯との合併に伴う役員増員が行われた際、瀬黒も取締役に選出されました。1927年（昭和2年）12月には、元松本電灯社長の今井五介が中央電気の社長に就任した人事で、瀬黒は常務取締役に昇格しました。当時の経営陣は、社長に今井五介、副社長に竹内勝蔵、専務に国友末蔵、そして常務に瀬黒幸市という布陣でした。その後、1930年（昭和5年）12月には竹内勝蔵の死去に伴い、専務取締役に昇格しています（国友末蔵も専務に留任）。

中央電気工業と日本ステンレスの設立

1934年（昭和9年）2月、中央電気は秩父電気工業（後の昭和電工）との提携により、兼営していた化学事業を独立させ、カーバイド・フェロアロイメーカーである中央電気工業を設立しました。この設立に際し、会長に森矗昶、社長に今井真平（今井五介の長男）が就任し、瀬黒は芝辻正晴（秩父電気工業）と共に専務取締役に就任しました。

さらに、中央電気は秩父電気工業技師長であった樋口喜六が持つ13クロムステンレス鋼製造の特許権を活用し、ステンレス事業への進出を決定しました。1934年3月には日本ステンレスが設立され、瀬黒はここでも専務取締役として経営の中核を担いました。設立時の経営陣は、社長に今井五介、専務に瀬黒幸市と芝辻正晴、常務に樋口喜六という構成でした。瀬黒は、中央電気工業と日本ステンレスの専務取締役として、東京本社に常勤し、両社の経営に辣腕を振るいました。

晩年と死

太平洋戦争下の1942年（昭和17年）4月、電力国家管理により中央電気は日本発送電と国策配電会社に全ての設備を移管し解散しました。その後は、中央電気工業と日本ステンレスの専務取締役として両社の経営に専念しましたが、心労が重なったことから病に倒れ、1944年（昭和19年）1月24日に71歳でこの世を去りました。

瀬黒幸市は、養蚕業から身を興し、電気事業、化学事業、そしてステンレス事業へと活躍の場を広げ、その経営手腕を発揮しました。彼の足跡は、地方の一実業家が、時代の変化を捉えながら、社会の発展に貢献したことを示す好例と言えるでしょう。

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