火星の人

概要

アンディ・ウィアーの代表作であり、世界的なベストセラーとなったSF小説です。原題は『The Martian』。この作品は、元々ウィアー自身がWeb上で公開していたものが人気を博し、自費出版を経て、最終的に大手出版社からの商業出版へと至ったという、異色の出版経緯を持っています。日本語版は2014年に小野田和子氏の翻訳で早川書房より刊行されました。

物語は2035年の火星を舞台に展開します。人類初の長期滞在ミッション「アレス3」に参加していたアメリカ人宇宙飛行士、マーク・ワトニーが主人公です。彼は植物学者と同時にメカニカルエンジニアとしての高度な知識を持っています。

あらすじ

アレス3ミッション遂行中に発生した激しい砂嵐により、ワトニーは不慮の事故に巻き込まれ、クルーから切り離されてしまいます。残されたクルーは彼の生存を絶望視し、やむなく火星を離脱します。こうしてワトニーは、地球との通信手段を失い、食料も極めて限られた状況下で、広大で過酷な火星にたった一人、置き去りにされることになります。

絶望的な状況にもかかわらず、ワトニーは生き延びることを諦めません。彼は自身の持つ植物学と工学の知識を総動員し、火星基地（Hab）を改造して居住環境を維持します。特に、自身の排泄物や基地内の有機物を肥料として利用し、手元にある数少ないジャガイモを栽培することで、食料問題を解決しようと試みます。また、使用可能な機器を修理・再利用し、地球との通信手段を確保するためにも奔走します。

一方、地球のNASAでは、衛星写真からワトニーが生存している可能性に気づき、驚きと同時に彼の救出に向けた計画が始動します。ワトニー自身も、火星に残されていた古い探査機「マーズ・パスファインダー」を発見し、これを修理することでついに地球との交信を確立します。地球からの技術的なサポートを得られるようになったワトニーですが、火星での生活は常に困難と隣り合わせです。

基地の破損、生命維持装置のトラブル、移動手段の故障など、次々と予期せぬアクシデントが発生します。ワトニーは持ち前の機知とユーモアでこれらの危機を一つずつ乗り越えていきます。地球側も、ワトニーを救出するための緊急ミッションを立案・実行に移します。

最終的にワトニーは、次に火星へ到着するはずだった「アレス4」ミッションで使用される予定の火星上昇機（MAV）の元へ向かうという大胆な計画を実行します。単身での過酷な長距離移動を経て、MAVに到達したワトニーは、地球からの救援チームとの連携により、奇跡的な生還を果たし、故郷へと帰還します。

評価と受賞

本作は、その科学的な考証に基づいたリアリティと、主人公の不屈の精神、そして困難を創意工夫で乗り越える姿が描かれたドラマティックな物語により、発表されるやいなや高い評価を得ました。日本語版は、第46回星雲賞海外長編部門を受賞。また、『SFが読みたい! 2015年版』のベストSF2014海外篇で堂々の第1位に選ばれています。著者アンディ・ウィアーは、この作品によって2016年に優秀な新人SF作家に贈られるジョン・W・キャンベル新人賞を受賞し、SF界における地位を確立しました。

映画化

2015年には、映画監督リドリー・スコットにより映画化されました。主演はマット・デイモン。映画の原題は小説と同じく『The Martian』ですが、日本では『オデッセイ』という邦題で公開され、大ヒットを記録しました。この映画もまた高い評価を受け、2016年にヒューゴー賞映像部門長編部門を受賞しています。

その後の展開

作品の出版から10周年を迎えたことを記念し、2024年2月11日には著者アンディ・ウィアー自身によって書き下ろされた短編「The Martian: Lost Sols」が公開されました。この短編は、破損したログデータを修復したという形式で、物語本編では詳細が描かれなかった、ある特定の火星での一日（ソル488）における出来事を綴っています。

結論

『火星の人』は、極限状況下における人間の知性、創造性、そして決して諦めない強い意志を感動的に描き出した傑作SFです。科学的な正確さと、主人公のユーモラスで前向きなキャラクターが魅力となり、多くの読者に支持されています。小説、そして映画ともに、困難に立ち向かう人間の力強さを示し、希望を与え続けている作品と言えるでしょう。

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