炭俵

『炭俵』は、元禄7年（1694年）6月28日に刊行された俳諧の選集であり、俳諧七部集の一つに数えられます。編者は志太野坡、小泉孤屋、池田利牛の3名で、いずれも松尾芭蕉の晩年の弟子であり、越後屋の手代として仕えていました。

書籍は京都の井筒屋庄兵衛と江戸の本屋藤助によって刊行され、半紙本上下2冊で構成されています。題名の由来は、柏木素龍の序文にあるように、芭蕉の言葉「炭だはらといへるは誹也けり」に由来すると言われています。森川許六は編者たちについて、「師の恩に依て炭俵の選者の号を蒙り、名をあらはせり」と評しており、芭蕉への深い繋がりを示しています。

『炭俵』の内容は、上巻と下巻で構成されています。上巻には、芭蕉と野坡の吟歌仙、服部嵐雪・利牛・野坡の三吟歌仙、孤屋・芭蕉・岱水・利牛の三吟百韻、そして春夏の諸家発句が収録されています。下巻は秋冬の諸家発句から始まり、宝井其角・孤屋の両吟歌仙、天野桃隣・野坡・利牛の三吟歌仙、芭蕉・野坡・孤屋・利牛の四吟歌仙、そして杉山杉風・孤屋・芭蕉など13名による連衆歌仙で締めくくられています。上下巻合わせて、258句が収められています。

『炭俵』は、その軽妙な作風、「かるみ」を特徴としています。森川許六は『俳諧問答』と『宇陀法師』の中で「炭俵のかるみ」「炭俵・後猿のかるみ」と評しており、この選集の軽やかさを強調しています。芭蕉自身も「別座敷・猿蓑のなりわたりおびたゞしく候」と述べており、この選集が芭蕉晩年の俳風「かるみ」を代表する作品集であることを示しています。

『炭俵』は、その素材や構成において、後の文学作品にも影響を与えたことが知られています。特に、幸田露伴の『利休箸』は、『炭俵』から着想を得ていると指摘されています。水田紀久の論文「露伴 「利久箸」 と俳諧七部集」は、この影響について詳細に考察しています。

『炭俵』は、芭蕉晩年の弟子たちが編纂した選集であり、芭蕉の俳諧観や「かるみ」の精神が色濃く反映された作品集です。軽妙な作風と、後の文学作品への影響から、俳諧史における重要な作品として位置付けられています。芭蕉研究においても、晩年の俳風を理解する上で重要な資料となっています。また、選集に収録されている俳句は、その表現や構成から、当時の俳壇の状況や流行も反映していると考えられ、近世俳諧研究においても貴重な資料となっています。様々な角度から考察することで、芭蕉の晩年の境涯や、当時の俳諧文化の多様な側面を理解することができるでしょう。

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