無糸分裂

無糸分裂（むしぶんれつ、英語：amitosis）とは、かつて真核細胞の細胞分裂の一つの様式として提唱された概念です。

この用語は、核が中央部でくびれるように分裂し、それに続いて細胞質が二つに分かれるような細胞の振る舞いを指して用いられました。かつては「直接分裂」とも呼ばれていました。これに対して、一般的な動物や植物の体細胞分裂で見られる、いわゆる有糸分裂は、非常に複雑な過程を経ます。有糸分裂では、まず核膜が消失し、染色体が凝縮してはっきりと見えるようになります。そして、これらの染色体を娘細胞に正確に分配するために、紡錘体と呼ばれる特殊な微細構造が形成されます。無糸分裂という名称は、このような紡錘体のような「糸」（細胞骨格成分）が形成されない、比較的単純に見える細胞分裂であることから名付けられたものです。

かつて、生物の細胞分裂は大きく分けて有糸分裂と無糸分裂の二つの主要な型があると見なされていました。ゾウリムシのような単細胞生物や、ムラサキツユクサの花の糸など、特定の多細胞生物の一部組織において、このような無糸分裂が行われていると考えられていました。当時の教科書などでは、「細胞分裂には有糸分裂と無糸分裂がある」という説明が一般的でした。

しかしながら、その後、原生生物の細胞学的な研究が進展するにつれて、彼らの核分裂の機構が決して単純ではないことが次第に明らかになりました。多くの原生生物が、形態的には多様であるものの、基本的な機構において有糸分裂を行うことが判明したのです。また、変形菌などに見られるように、核膜が分裂過程を通じて維持される場合（閉糸分裂）であっても、その核の内部では染色体の凝縮や、それに類する分裂装置が形成されていることが発見されました。これらの知見から、核膜の消失の有無に関わらず、内部で構造化された分裂機構を持つものは、有糸分裂と本質的に変わらないと結論づけられるようになりました。

一方で、原生生物である繊毛虫に見られる大核（マクロヌクレウス）の分裂は、例外的な例として知られています。大核は、実際に中央部がくびれるようにして分裂することが観察されており、これが恒常的に無糸分裂の様式をとる数少ない例であると考えられています。繊毛虫の大核は、有性生殖の際に形成される小核（ミクロヌクレウス）から作られ、小核の数倍にも及ぶ大量のDNAを含み、そのDNAは複製され、さらに多数に断片化されているという特殊な構造を持ちます。この大核は、細胞の日常的な生命活動に必要な遺伝子発現を担いますが、有性生殖の際には消失し、遺伝情報は小核のみによって次世代に伝えられるという、独特の役割分担があります。

他方、多細胞生物においてかつて無糸分裂と見なされていた現象の多くは、細胞周期の制御が破綻した結果生じる、むしろ病的な変化や細胞の変性に伴うものであると現在では考えられています。例えば、老化した細胞や培養細胞で観察されることがあります。

これらの研究成果と知見の蓄積により、今日では真核細胞における細胞分裂の主要な様式は有糸分裂である、という認識が定着しています。繊毛虫の大核のような特殊な例を除けば、かつて無糸分裂と呼ばれた現象の多くは、真の分裂ではなく、あるいは有糸分裂のバリエーション、あるいは病的な状態と見なされるようになりました。そのため、有糸分裂と無糸分裂を対等の細胞分裂様式として対比させる必要性は、現代の細胞生物学においてはほとんど失われていると言えます。

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