熊谷尚夫

熊谷 尚夫（くまがい ひさお）

熊谷尚夫は、大正3年（1914年）7月11日に岡山県岡山市で生まれ、平成8年（1996年）6月11日にその生涯を閉じた、日本の高名な経済学者です。経済学における専門分野は、厚生経済学および経済政策でした。大阪大学において長年にわたり教鞭を執り、同大学の名誉教授の称号を授与されたほか、日本学士院会員としても活動しました。

彼の学問の道は、河合栄治郎に師事したことから始まりました。旧制第六高等学校を経て、昭和12年（1937年）に東京帝国大学経済学部を卒業しました。卒業後、一度は日本生命保険株式会社に入社しますが、間もなく教育・研究の世界へと転じます。

研究者・教育者としてのキャリアは、昭和15年（1940年）に福島高等商業学校の講師となったことに始まります。その後、教授に昇任し、戦時下には福島経済専門学校教授を務めました。昭和19年（1944年）には東北帝国大学法文学部助教授に就任し、戦後の学制改革を経て東北大学法文学部、経済学部と所属が変わる中で、助教授から教授へと昇進しました。

昭和29年（1954年）に福島大学経済学部教授を務めた後、昭和31年（1956年）に大阪大学経済学部教授に迎えられました。大阪大学では評議員や経済学部長といった要職を歴任し、同学部の発展に尽力しました。大阪大学での業績が認められ、昭和33年（1958年）には「資本主義経済と雇傭」と題する論文で大阪大学から経済学博士（論文博士）の学位を授与されています。大阪大学を退職後も、関西大学経済学部、松阪大学（現在の三重中京大学）で教授として後進の指導にあたりました。

熊谷尚夫は、大学内での活動にとどまらず、広く社会に対して専門知識を提供しました。昭和37年（1962年）からは公認会計士審査会試験委員を務め、経済学の専門家として試験制度に貢献しました。また、日本経済研究センターや関西経済研究センターの理事を務め、民間の研究機関の活動を支援しました。政府の諮問機関である経済審議会の臨時委員や委員を歴任し、経済企画庁経済研究所長（昭和42年-44年）として国の経済政策の立案にも深く関わりました。さらに、産業構造審議会委員、学術審議会委員、高等教育懇談会委員、社会保障制度審議会委員などを務め、多方面から日本の経済・社会の課題に取り組んでいます。昭和47年（1972年）には理論・計量経済学会の会長に就任し、同学会の発展に貢献しました。

その学問的功績は高く評価され、昭和40年（1965年）には著書『経済政策原理』により日経経済図書文化賞を受賞しました。また、昭和61年（1986年）には日本学士院会員に推され、終生その任を務めました。

著書も多く、主著として『厚生経済学の基礎理論』、『近代経済学』、『経済政策原理』、『経済原論』などがあり、経済学の理論的基礎から応用までを網羅しています。特に厚生経済学の分野における理論的貢献は大きく、日本の経済学研究に大きな影響を与えました。また、安井琢磨、西山千明、森嶋通夫、渡部経彦、大石泰彦、建元正弘といった著名な経済学者たちとの共編著や、T.モルガン、D.H.ロバートソン、J.M.ケインズ、ミルトン・フリードマン、J.R.ヒックスといった海外の重要文献の翻訳にも多数携わっており、国内外の経済学の知識の普及にも貢献しました。

論文としては、「恒常成長率の概念について」や「経済学の範囲と方法」、「シュムペーターの民主主義論」などがあり、幅広いテーマについて深い考察を展開しました。書評なども執筆し、学術的な議論を活性化させています。

熊谷尚夫は、教育者、研究者として多くの門下生を育成し、また政府や民間の重要機関でその専門知識を活かして、戦後の日本の経済発展と学術振興に多大な貢献をした人物です。彼の研究成果や著作は、今なお日本の経済学界において重要な位置を占めています。

主な単著

『厚生経済学の基礎理論』（東洋経済新報社、1948年）
『経済政策原理-混合経済の理論-』（岩波書店、1964年）
『経済原論』（岩波書店、1983年）

主な訳書

J.M.ケインズ『人物評伝』（大野忠男との共訳、岩波書店、1959年）
* J.R.ヒックス『価値と資本（上）・（下）』（安井琢磨との共訳、岩波書店、1995年）

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