熱海高原ロープウェイ

熱海高原ロープウェイは、かつて静岡県熱海市に存在した観光施設です。伊豆の観光開発が盛んだった時期に計画され、山麓の熱海サボテン公園と、伊豆スカイラインに隣接する玄岳（くろたけ）山頂付近とを結んでいました。その名は、熱海サボテン公園ロープウェイや玄岳ロープウェイと呼ばれることもありました。

開業とその背景

このロープウェイ事業は、地元の観光物産店を経営していた「みその商店」が中心となり、伊豆箱根地域の観光ブームに乗る形で計画されました。同社は「熱海高原観光株式会社」を設立し、伊豆スカイラインと熱海をわずか10分で結ぶという触れ込みで、玄岳周辺の大規模な観光開発に着手します。

構想の核となったのは、約3000種のサボテンを集めた山麓の熱海サボテン公園、山頂に設けられた玄岳ドライブイン、そしてこの二つの拠点を結ぶロープウェイでした。1965年5月に建設が始まり、ロープウェイの設計・施工は安全索道が担当しました。特に注目されたのは、当時としては世界最大級とされる121人乗りの大型ゴンドラを導入したことです。総投資額は約13億円に上り、多大な期待を背負って1967年 10月1日に開業を迎えました。

短命に終わった運行

しかし、華々しい開業とは裏腹に、ロープウェイの運行はわずか3年足らずで危機に瀕します。開業の翌々年にあたる1970年 6月6日、母体であるみその商店が不渡りを出し倒産。これに伴い、ロープウェイも同月9日には運転が中止されました。

倒産の原因は、ロープウェイ建設への巨額な設備投資が経営を圧迫したこと、そして社長の放漫経営による業績悪化が伝えられています。みその商店は地域経済における影響力が大きく、約200軒もの納入業者と取引があったため、連鎖倒産への懸念から、熱海商工会議所は緊急の相談会を設けました。当時の負債総額は13億5000万円とも言われ、従業員の賃金も未払いとなる中、責任者である社長夫妻は行方をくらませたと言われています。

一度限りの運行再開と再びの休止

この事態を受け、熱海高原観光は会社更生法の適用を申請し、熱海市・伊東市からの要請のもと再建の道を探ります。熱海市観光課が債権者への働きかけを行った結果、同年7月1日には、債権者の一つであった永信物産の主導により、ロープウェイ運行とサボテン公園の営業が一時的に再開されました。従業員の多くも、新たな契約のもと業務を継続しましたが、この運行も長続きせず、わずか半年後の同年12月には再び運行を停止してしまいます。

再建の夢潰え、遺構となる

一度休止した後も、ロープウェイと関連施設の復活を望む声は強く残りました。元従業員や地元の債権者らの協力により、1973年5月には再建を目指す執行部が発足し、永信物産から事業を引き継ぎます。同年9月29日には玄岳ドライブインとサボテン公園が営業を再開し、ロープウェイについても点検・整備を進め、翌年春の運行再開を目指す動きも見られました。しかし、この計画は実現することなく、ロープウェイが三度動き出すことはありませんでした。

運行休止後、ロープウェイの施設やゴンドラは1983年頃まで放置され続けました。現在、その遺構の一部を確認することができます。特に玄岳駅舎は比較的原形をとどめており、内部には標識や制御盤、滑車などが残されています。かつて発着場だった場所はコンクリートで塞がれ、現在は事実上の展望台となっています。一方、山麓側の熱海サボテン公園と駅舎を結んでいた「タイムトンネル」と呼ばれる通路には、施設の看板やエレベーター設備の残骸が残っています。しかし、山麓駅自体や、索道を支えていた鉄塔、そしてゴンドラなどは既に撤去されています。玄岳駅舎と周辺の山林は、2002年に国によって差押えられました。

玄岳ドライブインとその後の変遷

ロープウェイの運行が停止した後も、玄岳駅舎に併設されていた玄岳ドライブインは営業を続けていましたが、2005年に閉業しました。その後、2006年には地元のNPO法人により「地球環境＆エネルギー資料館」として再利用が試みられるも、これも2008年11月末に閉鎖され、建物は使われなくなり廃墟化しました。2025年現在、この建物は東京都内の不動産管理会社によって管理されており、サバイバルゲームや音楽イベント、映像撮影といった用途での貸出しが行われているほか、不定期で見学会も開催されるなど、かつての賑わいとは異なる形で活用されています。

路線データ

駅: 熱海サボテン公園駅 - 玄岳駅
傾斜長: 2678m
高低差: 373.95m
走行方式: 4線交走式
支柱数: 3基
定員: 121名
* 速度: 5m/秒

熱海高原ロープウェイは、時代の観光開発ブームに乗って大規模な計画のもとに誕生しながらも、短期間でその歴史に幕を下ろした、熱海の知られざる観光施設のひとつと言えるでしょう。その遺構は、当時の夢と挫折の物語を静かに伝えています。

もう一度検索